10限目 1.エンタメ論 『ドラキュラ』と吸血鬼

 はいこんにちは五代です。

 先週はちょっと時間がなくて結局、19世紀末のプラム・ストーカーおよびレ・ファニュの話に入らずに終わってしまったので、今回はまずそこからいきましょうかね。

 前回の授業用の文章からちょっと再掲しておきます↓


> この時代で挙げておくべき怪奇恐怖作家には、あと、シェリダン・レ・ファニュ、そしてプラム・ストーカーがいます。後者はいうまでもない吸血鬼ものの代名詞『ドラキュラ』の作者ですね。単独の作品ではスティーブンソン『ジキルとハイド』、オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』、などがあります。

 ストーカーはほかにもいくつか怪奇小説を書いていますが、現行で生き残っているのは『ドラキュラ』だけと言っても過言ではないでしょう。これまた、フランケンシュタインの怪物と同じく、後年映画化されたヴィジュアル(アメリカのベラ・ルゴシ、英国クリストファー・リー)とキャラクターイメージが先行し、原作を読んだことのある人というのは意外と少ないのですが。

 実際原作を読んでみると、恐怖小説というよりは、ドラキュラ伯爵に相対するヴァン・ヘルシング教授と仲間たちの戦いにどちらかというと焦点が当たっており、伯爵の跳梁が描かれる前半三分の一はまだしも、後半は、逃げる吸血鬼を駆り立てる冒険サスペンス小説の色彩が濃いものになっています。



 付け加えるのであれば、吸血鬼という怪物になすすべもなく殺されるあるいは破滅させられるそれまでの怪奇小説と違って、『ドラキュラ』は、ヴァンパイアハンターであるヘルシング教授とその仲間たち、彼らの愛と勇気と友情によって悪辣な魔王は滅ぼされ、ヒロインは救われるという、いま考えてみるとものすごく王道の(ほとんどジャンプ的といってもいいくらい)ストーリー展開をとっています。

 語り口も難渋なものではなく、手記や日記、手紙、記録などをならべる書き方なので、もって回った言い回しがなく、きわめて読みやすく明快です。永遠のマスターピースとなった現在読んでも、さほどの古さも退屈さも感じないのは驚くべきことです。

 ストーカーに先行して『吸血鬼カーミラ』を書き、ストーカーにも影響を与えたとされるシェリダン・レ・ファニュも怪奇小説の書き手として名高く、その典雅で美しい描写は現在でも愛好されていますが、ストーカーに対していまひとつ知名度が高くない(カーミラはよく知られていますが)のは、明快なヒーロー性やストーリー性、キャラクター性などにおいて、ちょっと地味というか品の良さゆえの取っつきづらさがあるからかもしれません。


『ドラキュラ』はその後、吸血鬼小説の始祖となりましたが、この作品を原作に、あるいは下敷きにした創作物は枚挙にいとまがありません。

 ベラ・ルゴシもしくはクリストファー・リーによる、後世のドラキュラ(もしくは吸血鬼)像を決定づけた映画化はもちろん、この「髪をなでつけ黒いマントを羽織った貴族的かつ邪悪な蒼白い男」というステレオタイプから離れようとした映画が、1992年のフランシス・コッポラ監督による『ドラキュラ』です。

 この作品は大筋に関してはほぼ忠実に原作に依っていますが、単に邪悪な怪物として描かれていたドラキュラ伯爵の過去を掘り下げ、彼が吸血鬼となった原因を、愛する妻エリザベータの死にあったとしています。

 ヒロインのミナはこのエリザベータの転生であるとされ、原作ではひたすら恐怖に震えるだけだったミナは、伯爵の毒牙にかけられながらも、一方で彼を愛するようになっていくというドラマが仕込まれています。恋愛劇としての吸血鬼譚、また吸血という行為にかくされたエロティックな意味を存分に表現した作品です。

 またつい最近、2014年に公開された『ドラキュラZero』は、一国の領主として戦ったドラキュラ伯爵ヴラドを題材にし、国と家族を守るために闇の力と契約して吸血鬼となったという設定です。こちらは吸血鬼譚というより歴史ファンタジーに近く、ホラー味はほとんどありませんが、よくできた映画だと思います。

 ドラキュラのモデルが15世紀ルーマニアに実在したヴラド・ツェペシュ(ヴラド串刺し公)であることは興味のある人ならだいたい知っていると思いますが、コッポラがフィクションとしてのドラキュラを掘り下げたのに対して、歴史上の人物としてのドラキュラを描くというのも、また一つのやり方ですね。


 なお歴史上のドラキュラがどんな人物だったのかという話に関しても今はかなりいろいろな本が出ていますが、吸血鬼伝説全般を含めて一望できる書籍として、『ヴァンパイア 吸血鬼伝説の系譜』(新紀元文庫) が今のところ、安くていちばんまとまっていると思います。図版の多い類書もありますが、図版の分ちょっと内容が薄いので。


 ついでにドラキュラにかぎらず吸血鬼を扱った作品をいくつか挙げておきましょう。映画では原作のある物ははずすとして、オリジナル作品でめぼしい物は、オーソドックスな吸血鬼ハントものとして、クエンティン・タランティーノ脚本『フロム・ダスク・ティル・ドーン』、ジョン・カーペンター『ドラキュラ最後の聖戦』、ちょっと毛色が変わってウェズリー・スナイプス主演の黒人ハーフ・ヴァンパイアが主人公の『ブレイド』(書いてから気づいたけどこれアメコミ原作だった)、ヴァンパイア族と人狼族の抗争とヴァンパイアヒロインの恋を描いた『アンダーワールド』、ストーカーの原作からヴァンバイア・ハンター要素を抜き出した活劇『ヴァン・ヘルシング』などがあります。映画だとわかりやすいアクションエンタメ要素が強くなるせいか、ハンターものが優勢ですね。

 バトル要素のない耽美な吸血鬼映画として1983年のカトリーヌ・ドヌーヴ主演『ハンガー』をあげておきましょう。ミステリアスな美女吸血鬼と美青年(デヴィッド・ボウイ)のコンビによる、退廃的耽美的な美しい画面作りとけだるいストーリーで、サスペンスというのではないけれど、一風変わった味わいがあります。

 

 小説方面にいくと、変わり種としてドラキュラ伯爵が滅ぼされることなく、ヴァン・ヘルシングらを撃退して、ヴィクトリア女王と結婚しイギリスを支配した架空歴史を扱ったキム・ニューマン『ドラキュラ紀元』シリーズがあります。創元の訳書は品切れみたいですが、最近、海外では続編が出ていまして、ペーパーバックで買ってはいるんですがコレ翻訳出ないかな。一作目では吸血鬼が世間に認められた改変歴史のロンドンで、切り裂きジャック事件をも交えたドラマ、二作目『ドラキュラ戦記』ではドイツ軍によって吸血鬼が兵器化された世界で、空の男たちと機銃をぶら下げた空飛ぶヴァンパイア兵団との激戦、三作目『ドラキュラ崩御』では、第二次世界大戦終結後のローマで、ドラキュラの死とそれにまつわるミステリアスな(不思議な、というのとミステリ的な謎解き、の両方の意味で)顛末。ヒロインである女吸血鬼ジュヌヴィエーヴはキム・ニューマンがTRPGウォーハンマーで作った持ちキャラで、別に彼女を主人公にしたファンタジーのシリーズがあります(ジャック・ヨーヴィル名義『ドラッケンフェルズ』『ベルベットビースト』『吸血鬼ジュヌヴィエーヴ』『シルバーネイル』)。

 おもしろいのはこのシリーズ、実在の人物に混じって、古今東西のフィクションに出てくるキャラクターがつぎつぎ顔を見せるところ。まあそもそもドラキュラが実在してることになってることからしてそうですが、もとネタを知っているとよけい楽しめます。


 これまた品切れですがジョージ・R・R・マーティン(海外ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』原作者でもある)『フィーヴァードリーム』(上下)も佳品。アメリカ・ニューオリンズの外輪船という舞台で、偏屈な老船乗りと、人間との融和を目指す若い吸血鬼、そして彼に敵対する邪悪な吸血鬼王との戦いが語られます。

 アン・ライス『夜明けのヴァンパイア』は、それまで怪物として描かれていた吸血鬼のロマンティックな一代記を語る大ロマンとして、それまでの吸血鬼ものに新たな流れを作った作品です。長いこと品切れだったんですが、トム・クルーズ主演の映画『インタビュー・ウィズ・バンバイア』としてヒットしたおかげで、続刊の『ヴァンパイア・レスタト』『呪われし者の女王』『肉体泥棒の罠』『悪魔メムノック』なども翻訳されました。まあ個人的には一巻の『夜明けのヴァンパイア』だけ読めばたくさんかって気もするんですけど、映画を見てレスタト好きになった人は『呪われし者の女王』くらいまでは読んでもいいかも。

 モダンホラーの大御所スティーブン・キングも、『呪われた町』で吸血鬼ものを扱っています。アメリカの田舎町の日常に浸食してくる吸血鬼の影、というお約束的な展開ながら読ませるうまさはさすが。日本の小野不由美の吸血鬼小説『屍鬼』は、この作品にインスパイアされて書いたということです。

 モダンホラーではもうひとり、ロバート・R・マキャモン『奴らは渇いている』もスケールの大きな吸血鬼ものとしておもしろいんですが、キングに比べるとちょっと大味かな。敵ヴァンパイアのヴァルカンはわりといい味出してるんですが。

 最近では『ブレイド2』も監督したギレルモ・デル・トロがドラマの原案として執筆した『ストレイン』三部作もあります(『沈黙のエクリプス』『暗黒のメルトダウン』『永遠の夜』)。冒頭、ドラキュラ伯爵が死体を満載した帆船に乗ってロンドンに侵入した展開をなぞって、死体を満載した飛行機が突撃してくる(ちゃんと棺も乗ってる)あたり、とてもドラマ的。ドラマ版『ストレイン』のほうってもう配信とか放送とかしてるんだろうか。


 あとわたしはあんま好きじゃないんですけど、海外の女性向けティーン・ノベルにパラノーマル・ロマンス(人間のヒロインと吸血鬼や人狼などの人外相手のロマンスを扱う)のジャンルを開いた『トワイライト』とかもありますね。これも映画になってましたがぶっちゃけ映画はすごいアレなので、読むなら小説にしといたほうがまだしもです。退屈になってきたら飛ばせるし。

 ティーン向けでは女子高生ヴァンバイア・ハンターを扱った『バフィー・ザ・ヴァンバイアキラー』がありますね。これもドラマと映画になってます。

 児童文学方面では『ダレン・シャン』の人気が高いですね。わたしは主人公がいまいち好きになれなくてノレなかったんですけど、ハリー・ポッターがお好きなら、ヤングアダルトダーク・ファンタジーの佳作としておすすめ。


 日本では怪奇特撮映画の名作『吸血鬼ゴケミドロ』(額がパックリわれて中からドロドロした宇宙生物であるゴケミドロの本体が出てくるのはなかなかショッキング。『遊星からの物体X』っぽいかも)、吸血鬼を扱った連作『血を吸う』シリーズなどがあります。特に日本では吸血鬼をストレートに扱った作品は近年では少なくなったようで、むしろゲームやマンガ、アニメのほうが多いように思います。


 日本で吸血鬼を扱ったマンガは山ほどありますし、わたしもそのすべてを網羅してるわけでもないんですが、最近で人気のあるのだと『彼岸島』ですかね。吸血鬼ものと、限定された環境での生き残りサバイバルを合体させたサスペンス・ホラーで、正直これ吸血鬼じゃなくても成立する話じゃねと思わなくもないですが、息詰まる展開で読ませます。

 ストーカーの原作を下敷きに(一応)したと見せかけていろいろ凄い『HELLSING』はたぶんお好きな人も多いと思いますが、一度読んだらクセになる強烈な台詞回しと濃いキャラクターで、青年・少年マンガで吸血鬼ものといったらまず頭に浮かぶのが個人的にはコレです。アニメもすごいよ。なおテレビ版などなかった。

 あんまり吸血鬼ものというイメージはないんですが、人間と吸血鬼の戦いを描いた『終わりのセラフ』もアニメとかなりましたね。どちらかというとストレートに異能バトルものの印象が強くて吸血鬼ものという気はあんまりしないのですが。

 吸血鬼ものの印象がないといえばあの『ジョジョの奇妙な冒険』も、考えてみれば吸血鬼ものでもありました。石仮面によって吸血鬼化したディオと、対するジョースター家代々の男たちのバトルですが、どっちかというと波紋もしくはスタンドバトルの記憶が強いせいで、ついディオもしくはDIOが吸血鬼であるという設定を忘れそうに。

 そういえばむかし『吸血姫美夕』というOVAシリーズがあって、コミックにもなっていてわりと好きだったんですが、あれはどうなってるんだろう。少女マンガほど甘くなく、神秘的な絵柄で美しかったのですが。


 日本の吸血鬼もの作家では、菊地秀行の名前を外すことはできないでしょう。『吸血鬼ハンターD』シリーズはライトノベルという名もまだない草創期からずっと続いていて、吸血鬼やダンピールといった概念はそこで学んだような気がします。

 菊地秀行はもともと怪奇映画のマニアでもあって、ドラキュラ映画をはじめとするクラシックホラー映画を愛好し、また、『魔戒都市シリーズ』の一部『夜叉姫伝』では、中国からやってきた美貌の女吸血鬼と主人公秋せつらの戦いをとりあげています。

 また本家ストーカーの『ドラキュラ』の翻訳・リライトなども手がけていて、おそらく吸血鬼に関してもっともこだわりを持っている作家と呼んでいいのではないでしょうか。

 


 ゲームでは往年の名作アクションゲーム『悪魔城ドラキュラ』シリーズがあります。今では日本より海外でのほうが人気で、『キャッスルヴァニア』のタイトルでもっぱら新作は海外ターゲットになってますが、かつては横スクロールアクション中でも人気のキラータイトルでした。なんか7月にnetflixからアニメシリーズ(海外制作なのでキャラがいまいちマッチョだけど)が配信されるそうで楽しみ。

 コンシューマーではありませんが、『月姫』も吸血鬼ものですね。もとが18禁の同人ゲームではありますが、その後、小説やコミック、アニメ等に展開されて、制作元のニトロプラスの名前が広まるきっかけにもなりました。

 


 あれこれあげてるうちに長くなってきたので今回はこのへんで。

 次回はパルプマガジンホラーとクトゥルーの話をしましょうか。

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