-19-

「司っち」

「はい」


 名を呼ばれ、悠太を見る。彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、司を見ていた。


「友達、いなかったっしょ」

「はい?」


 唐突な問いに、もう一度首を傾げる。

 知識は言っている。

 友達とは、一緒に勉強したり遊んだりして、親しく交わる人だと。

 けれど、知識として知っているだけだ。もしいたとしても、記憶のない自分には友達がいたかいないかなど分からない。記憶がないことは悠太も知っているはずなのに、どうしてそんなことを言うのだろうか。もしかしたら、怒っているのだろうか。自分はとんでもない失言をしたのかもしれない。

 それに


「悠太くんは、僕の友達、ではないんですね」


 それはかなり、寂しかった。自分は勝手に悠太を友達だと思っていたが、思えばそれは相手に確認していない、言ってしまえば一方的な感情で、悠太は単に、チームメイトでルームメイトだから仕方なく司を面倒見てくれているに過ぎないのかもしれない。

 そう思うと申し訳なく、視線を下げる。寂しいが、そこでわがままを言えるほど子供ではなかった。


「ち、違うっすよ!」


 慌てた様子で、悠太が司の肩を掴む。恐る恐る視線を上げると、困ったように眉を下げた悠太は、何故か照れ臭そうに頬をかいた。


「一途とか、お似合いとか、普通は言わないっす。恥ずかしいっすから」


 でも、と続けて、


「そういうの気にしないで言えるって、すごいことっす。純粋っていうか、素直っていうか。友達付き合いしてると、そういうの言えなくなるんっす」

「そーそー。何か、友達と喋ってると、そういうの照れくさくて言えなくなるんだよねぇ」

「それを素直に言えるって、結構希少価値あるっていうか、珍しいんだよ?」

「すれてないって、いいことだと思う」


「ねー」と互いに顔を見合わせ笑う彼女らに、嘘の色は見えない。どうやら、本心から言ってくれているようだ。良く分からないが、どうやら褒められているらしいと察し、一礼する。


「ありがとうございます」


 その言葉に、霜月の隣に座っていた女生徒──東野と言うらしい──がずいっと身を乗り出して司の頬をつつく。


「美人さんにお礼言われちゃうと、照れちゃうね」


 ツンツンとつつかれ、気恥ずかしさから視線を下げた。彼女たちはどうやら司を女生徒と勘違いしたままのようだ。他意なく触られ、どうしたらいいのか分からない。

 戸惑っている司をなんとなく察したのか、隣で悠太が呆れたように苦笑した。


「皆誤解してるみたいっすけど、司っちは男の子っすよ?」


 悠太の言葉に、霜月たちは固まる。騙していたわけではないが、ついつい自己紹介のタイミングを逃してしまった司は、軽く一礼した。


「昨日付けでベクター小隊配属になりました、神宮寺 司と言います。よろしくお願いします」


 司の言葉に、彼女たちはワッと声を上げる。


「ベクター小隊?!」

「うっそ入学したばっかなのに?!」

「やだ、チョーエリート!!」

「っていうかこの顔で男の子とか!」

「信じらんない!!」


 甲高い声を上げる霜月たちに、周囲の視線が集まる。それに気付いた東野が、ばつの悪そうなヘラリとした笑みを浮かべた。霜月が謝るように片手を立てると、周りにいた生徒らは苦笑しながらそれぞれ自分の食事に戻る。霜月たちがこういう風に騒ぐのはどうやら珍しくないようだ。

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