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 視線を集めたことに恐縮している司に、先ほどよりは少し抑えた声で、しかし興奮状態のまま霜月たちの質問攻めが始まる。


「それで、どうやって勉強したの? 入学したばっかで第一小隊とかマジすごいんだけど!」

「筆記だけじゃなくて実技もいいってことだよね? 何かトレーニングとか?」

「ぶっちゃけ、月見里くんとどっちが成績上?」


 立て板に水の彼女らに、少しだけ身を引く。どうしよう。何と答えればいいのか分からない。助けを求めて悠太に視線をやるも、彼は心底楽しそうな顔で司を見ているだけだった。これは完全に、女生徒の対応が思いつかずうろたえている司が楽しいという顔だ。助けどころか援護もしてくれないに違いない。

 半泣きになりながら言葉を探していると、遠くの方から波紋のようにざわめきが広がった。司は、思わず後ろを振り返り首を傾げる。


「見て、中里先輩!」

「今日も美人~」

「文武両道、性格はイケメンっ! かっこいいよねぇ」


 霜月たちの声に、視線を一度彼女らに向けてから、霜月たちの視線を追う。

 そこにいたのは、凛と背を伸ばした一人の女生徒だった。


「中里先輩だ……」


 ポツリと、悠太が零す。


「悠太くん?」

「……いえ、こっちの話っす。早く飯食って、教科書や参考書取りに行かなきゃっすよね」


 にっこり笑う顔はいつも通りの悠太だ。けれど、一瞬見せたやるせない表情が気になり、首を傾げる。何でもない風を装っているが、それはどこか取り繕っているようにも見えた。


「悠太くんは、えっと……中里先輩、でしたっけ……彼女が苦手なんですか?」


 司の問いに、彼は少しだけ視線を下げた。


「……そんなんじゃないっす」


 でも、と続けて


「遠坂先輩の前では、名前を出さない方がいいっす」


 それ以上は語らず黙々と箸を進める悠太に、その理由を問うのは憚られた。理由は分からないが、中里という先輩と志紀の間には確執があるようだ。けれど、彼の前で名前を出すなと言われた以上、それを当人に聞く勇気は司にはない。

 悠太の様子を窺いながら、箸を動かす。気まずい沈黙を破ったのは、悠太だった。


「食べ終わったら、教科室に行くといいっす。教科書の類はそこで受け取れるっすから」

「そうですか。分かりました」


 話を逸らされた、ということは分かっていた。けれど、明るい悠太が避ける話題だ。逸らされたのなら、もう触れない方がいいのだろう。

 そう判断し、努めて笑みを浮かべた。

 しかし、最後に、もう一度だけ中里を見る。

 凛と背筋を伸ばして歩く姿は、まさに高嶺の花と呼ぶべき姿だ。

 そんな彼女と、志紀と。生まれた確執。触れない理由。

 この学び舎には、色々な感情が内包されているのだろう。

 そんなことを、ふと思った。

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