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「はい、さっさと着替えるっす」と試着室に大量の服と共に押し込められ、司は途方に暮れて手元の服を見た。本当ならば、ここで自分は固辞しなければいけない。いくらなんでも五着は買いすぎだと言わなければいけない。けれど、自分のことを思ってくれている悠太の気持ちが嬉しくて、こうしたやり取りが楽しくて、緩む頬を抑えることができない。


「……あー、もう……」


 右も左も分からない世界で、持て余した頭を頼りに生きるしかない世界で、こんな風に思うのはいけない。いけないのに、自分は今楽しいと思ってしまっている。


「まいったな」


 そう言う自分の顔が笑っていることを、司は自覚していた。







 両手に抱えた紙袋を時折持ち替えながら、司は前を行く悠太を追いかけた。


「このまま寮に帰るんですよね」


 寮の部屋は昨晩見たが、それは志紀の個室だ。今日からは悠太と相部屋なのだから案内してもらわないと分からない。そう思っての問いを、悠太はこれまた不思議そうな顔で振り返った。


「お茶してかないんっすか?」

「へ?」


 予想外の答えに、目を丸くする。

 お茶? お茶、と今悠太は言ったか? 知識は言っている。お茶とは女子が歓談のために喫茶店に入ることだと。

 そう、女子が、だ。


「誰と誰が、ですか?」

「俺と、司っち」


 当然そうに言って、悠太は首を傾げる。心底不思議そうな顔だ。


「えっと……」


 あまりにも自然に言われたものだから、一瞬返事に詰まる。知識はこの際置いておこう。女子が行うものがお茶だという認識は、もしかしたら間違っているのかもしれない。いや、だが、しかし。もしかしたら、この時代では男性もお茶をすることが普通なのかもしれない。そう思えば強く反対するのも憚られる。いや、でも、しかし。確認だけはしておきたい。


「あの、お茶……と言うのは女性同士でやるものだと思ったのですが、この時代では男性もお茶をするのが普通なんでしょうか」

「いや? あんま話聞かないっすね」


 思わずこけた。


「あんまり聞かないんですか?!」

「聞かないっすねぇ」


 あっけらかんと笑う悠太に脱力する。やはり、この時代でもお茶と言うものは女子同士で行うものらしい。では何故今ここで司を誘ったのか。戸惑いの表情を浮かべると、悠太はキョトンと首を傾げる。


「男子同士でお茶しちゃいけないとか、そういうマナーでもあるんっすか?」

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