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 志紀は慣れた様子で周辺機器を弄っている。年齢には、やはりそぐわない気がした。

 景色は後ろに流れていき、やがて見えてきたのは、海に面した、まるで空軍基地のような所だった。

 並ぶ、灰色の建物。あれが格納庫だろうかと、少年は座席の後ろからぼんやりと眺めた。

 機体は滞りなく滑走路に着陸する。

 格納庫まで惰性で滑り込めば、すぐに整備員が駆け寄り梯子をかけてきた。志紀はやはり縄梯子の端を掴み飛び降りていた。それもいつもの風景なのか、誰も咎めはしない。

 志紀の降ろしてくれた縄梯子で降りながら彼は周りを見渡した。誰も彼も、志紀が戦闘機に乗っていることに疑問すら抱いていない。

 整備員に二言三言交わしたあと、立ち去ろうとして、志紀が少年に振り返った。


「話があるから、皆にブリーフィングルームに集まってもらっている。行こうか、少年」


 明るさを装っていたが、彼の声はどこか堅かった。

 何故だかは分からないが、彼は酷く緊張しているようだ。いや、緊張ではない。ただ、やはりあの手紙を見てから、対応がどこか固い。

 一つ頷くと、志紀は少年を連れて横開きのドアが並ぶ廊下を進む。

 しばらく進むと、志紀が足を止めた。見上げてみれば、《ベクター小隊》という教室札がかかっている。

 そういえば、先ほどまで歩いていた廊下にも、所々に教室札があった。あれは小隊名だったのか。廊下の光景そのものは学校と何ら変わりはないのに、かかっている教室札に小隊名が書かれているのがどこか歪で、おかしいような気持ちになった。


「少年?」


 志紀に訝し気に声をかけられ、慌てて意識を戻す。横開きのドアは自動らしく、その一歩手前で志紀が待っていた。


「すみません、ボーっとしてました」


 彼のそばまで駆け寄り、室内を見る。

 まず目に入ったのは教壇。本来は黒板があるべき場所にあるのは大きな電子版。

 そして、机の代わりなのか、タブレット端末が置かれた台が全部で五つ、等間隔に並んでいた。部屋自体は広くない。ブリーフィングルームと志紀が言ったように、ここは作戦前の打ち合わせスペースなのだろうか。

 背を押され、室内に入る。促されるまま教壇に進むと、もうすでに少年が三人銘々に座っていた。定位置なのか、茶色い髪を肩まで伸ばし、前髪をボンボン付きのゴムで結んでいる少年は廊下側の一席、赤毛を左側だけ後ろに撫で付け、ピアスをジャラジャラつけた少年は窓際の一席、柔らかそうな黒髪を小さく結び、眼鏡をかけた泣きぼくろが特徴的な少年は教壇の真ん前に座っている。見事に、バラバラだ。

 それをぼんやり見ながら、理解した。

 同じ隊にいながら、彼らは単独なのだ。

 ただ、《隊》という器に入れられただけで、誰一人、心を通わそうとしていない。

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