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 恐れと未知への恐怖感でいっぱいいっぱいな少年の前方の席に、志紀が座る。おそらく足元に置いていたのだろうヘルメットの埃を軽く手で払い、シート越しにこちらへ渡してきた。


「予備のヘルメットだ。一応かぶっておいたほうがいい」

「分かりました」


 少年がヘルメットをかぶったことを確認してから、志紀は色々な機械を弄り、ヘルメットに内蔵されているマイクに声をかけた。


「こちらベクター1。司令塔、応答願う」


 間を置かず、ヘルメット内蔵のスピーカーから不鮮明な女性の声が響く。


『こちら司令塔。どうしました? ベクター1。注意報はまだ発令されておりませんが』

「実はパトロール中でね。確認したいが、今日のスクランブル要員はウチの隊で合ってるか?」

『はい。ベクター隊、各自待機中です』

「分かった、じゃあ俺は今から帰還する。全員に、ブリーフィングルームに集まるよう伝えてくれ」

『了解しました』


 言っている内容は何一つ分からないはずなのに、少年は知っている。こういうやり取りを知っている。聞いたことがある。いつ? どこで? 分からない。分からないけれど、知っている。


「ああ、そうそう」


 まるで今日のおやつについて語るような気軽さで、志紀は付け加えた。


「民間人を一人保護した」

『はい?』


 司令塔とやらにいる女性の声が困惑さを乗せる。


『民間人、とは?』

「そのまんまの意味さ。シェルターまで送るつもりだったがちょっと事情が変わってね。同乗してもらってる。複座機でくれば良かったよ」


 返す志紀の口調はどこまでも軽やかだ。まるで、動揺している女性こそがおかしいかのように。


『ベ、ベクター1っ 民間人とは』

「おっと、そろそろ出ないと間に合わないな。基地近くになったらまた連絡する」


 言って、志紀は通信を切ったようだった。そして、肩越しに少年を振り返り、ニッと笑う。


「ってことだ、ちょっとばかり狭いタクシーで悪いね。少しの間我慢してくれ。あ、あとその辺の機械は弄らないでもらえると助かる。なんでも、めんどくさいらしいから」


「詳しくは俺も知らないんだ」と、どこまでも明るく彼は笑う。

 つられて、少年もクスリと笑った。

 それを見た志紀は、今度は声を上げて笑う。


「ようやく笑ったな! 君、せっかく顔立ちがいいんだから、もっと笑ったほうがいい。その方が人生楽しいからね!」


 それを聞いて、少年は彼が一番リーダー機になった所以を知ったような気がした。

 轟音を響かせ、機体が前進する。離陸するには、この住宅地は適していた。何しろ、どこまでも一直線の道路なのだから。


「では少年、空の散歩と洒落こもうか!」


 声と同時に浮遊感。上からGがかかり、機体が上昇していくのがわかる。

 思わず、ガラス越しに下を見た。

 自分がさっきまで途方に暮れていた、その場所を。



 何かが変わる。

 そう、どこかで確信した。

 ここから、何かが変わっていく。


 

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