幕間#4

 不意に、雨が降り出した。

 多くの人が傘をさす中で、1人雨に晒される少年がいた。

 傘を持っていなかった彼は、雨宿りできる古びた建物の軒下を見つけ、そこに向かおうとしたが、すぐ近くなのになかなか辿り着けない。

 なぜなら彼は車いすに座っており、どうしても走る事ができなかったのだ。

 結局軒下に辿り着いた頃には、すっかりずぶ濡れになってしまっていた。

「はあ……」

 童顔の少年は、暗い雲に覆われた空を見上げる。

 この雨は、すぐに止みそうにない。

 かと言って、急いで帰れる訳でもない。

 手すりに片膝をつき、途方に暮れるしかない。

 片膝をついた右手薬指にある銀色の指輪が、鈍く輝く。

 しばらくじっとしていると、どのくらい経った頃か、ひたひたと誰かが水溜まりを歩く音が雨音に混じって聞こえてきた。

 少年は、その主にすぐ気付いた。

 何せ、コブラの絵が描かれた和傘を携え、服は紫色の花柄浴衣。

 その割に、伸ばした灰色の後ろ髪は縦ロール、靴は洋風のブーツという、現代ではあまりにも目立つ恰好をしているのだから。

 さらにその首には、青く輝く水晶付きのチョーカーという、不釣り合いなものがついていた。

「ソラ!」

 和服の少女は、少年を見つけると、すぐさま駆け寄ってきた。

 それを見て、ソラと呼ばれた少年も微笑んだ。

「みこ!」

「やっぱりここにいたのね。ああもう、こんなに濡れちゃって……」

「ごめん。すぐには降ってこないって予想、外れちゃったね」

 ソラが苦笑いを浮かべる。

 一方、みこと呼ばれた少女は、肩がこっているのか、和傘で塞がっている右手の代わりに、左手で右肩を軽く叩いていた。

「やっぱり私も一緒に行けばよかったじゃない」

「うーん、そうかもしれないけど、ちょっと出るだけでもみこの邪魔しちゃうのは――」

「結局邪魔になっちゃったでしょ」

「まあ、そうだけど……」

「ソラは歩けない体なんだから、1人で無理しないの。男だからって、恥ずかしがる事は何もないわ」

 少女は、前に乗り出して微笑んでみせる。

 顔が目の前にまで迫り、ソラは頬を赤く染めて何も言い返せなくなってしまう。

「だから私の事、もっと頼って」

 ソラの濡れた頬に、左手を伸ばすみこ。

 その薬指には、ソラのものと同じ銀色の指輪が付いていた。

「私は、ソラのものなんだから」

 そう言って目を閉じると、ソラの唇をそっと塞いだ。

 ソラも驚きながらも、目を閉じてそれを受け入れる。

 ほんの1秒程度の口付けを終えると、みこは乗り出した体を引く。

 そしてソラは、照れくさそうに顔を伏せながら、

「悔しいけど、みこには敵わないや……」

 と、つぶやいた。

「さ、帰りましょ」

 みこは、満足そうにそう言うと、車いすの後ろに回る。

 ソラが和傘を受け取ると、みこがゆっくりと車いすを押していく。

「……!」

 だが。

 みこは何かを感じ取ったかのように、軒下から出てすぐ足を止めてしまった。

「どうしたの?」

「……来る」

 みこは、何かを警戒するように、険しく目を細めて周囲を見回す。

 雨の街並みは、昼間なのに不気味なまでに静まり返っている。

 人影が全くない。

 代わりに曲がり角から現れたのは、ゾンビのようにおぼつかなく歩く黒い影の群れだった。

 表情をうかがい知る事はできないが、その視線がみことソラに向けられていたのは、明らかだった。

「あれ……!」

 途端、ソラが怯えた表情を見せる。

 人の力では手に負えない怪物を目の当たりにしたかのように。

 だが、みこは逆に怯む様子もなく、

「ここにいて」

 それだけ言って、前に踏み出した。

 雨が容赦なく、みこの全身を濡らしていく。

 それでも、表情は全く変わらない。

 雨の事を忘れたかのように、影の群れをにらむ。

「みこ!」

「大丈夫。無茶はしないから」

 呼び止めるように声を上げるソラに、みこは肩越しに振り返って、そう告げる。

 顔を戻すと、まず準備体操とばかりに右肩を軽く回してから、たすき掛けした袖を軽やかに振って右腕を真横へ伸ばす。

 すると、その手に奇妙な形の銃がら現れた。

 飛行機の形を象った、奇妙な銃。

 細い胴体に、短い主翼と相まって矢尻のようなシルエット。

 だが丸みを帯びた胴体部分は、どことなく女性的な印象を与える。

 その機首に相当する部分には、赤い字で「35」と書かれていた。

「私はT-2・135号機。練習機だと舐めてかからない事ね!」

 みこは銃を向けながら、宣戦布告の名乗りを影の群れに言い放った。

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元自衛隊機に愛をこめて 冬和 @flicker

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