第3話 オールドホーム(懐かしい町)

 さて、先ほど『HMFL(ハンティングモンスター・フロントライン)』のことを“オープンワールドゲーム”と表現したが、正確には少しだけ違う。

 完全にシームレスではなく、周囲を丈夫な柵で完全に囲まれた“町”や、さらに頑丈な城壁で守られた“街”などに入る際は、多少の読み込みと画面切り替えが発生した。

 HMFLファンの間では、これはおそらく町や街に存在するNPC(+ログイン中のプレイヤーキャラ)の数が膨大で、それらをすべて一気に動かすとサーバーの処理が滞るから、さすがにそこは分けたのではないか……という意見が有力だった。

 それ以外のフィールド全土と、より小規模な集落──“村”や“里”については、問題なくひとつながりになっているし、一般的なRPGなどで言うところのダンジョンに相当する場所に入る際も、読み込み&切り替えは発生しないので、それについてプレイヤー側からは特に文句が出たという記憶はない。

 ちなみに、村と里の違いは「定住人口が50人以上か」「集落内に“店”があるか」がポイントで、両方を満たしていれば“村”と判断される。最初に出たコンシューマー版では、プレイヤーは、とある辺境の村に派遣された新米狩猟士として、その村で起こるさまざまな問題(という名のクエスト)に対処していくことになる……らしい。いや、三郎おとうとから聞いた話だけど。


 閑話休題(それはそれとして)。

 町の四方を囲む丸太柵の一辺に設けられた幅2メートルほどの入口を、恐る恐る(ただし、外見的には悠然と)通ろうとしたところで、併設された“番所”に詰める見張りの衛兵から呼び止められることになった。

 「おや、見かけない顔ですね。その格好からして狩猟士、それもそれなりに経験を積んだ方と思われますが──登録証カードを見せてもらえますか?」

 サレット(ひさしのある帽子みたいな鉄兜)をかぶり、やや目の粗いチェーンメイルを着て軽槍スピアを携えた、ゲーム内ではよく見た量産型モブ衛兵の姿をしていたが、口調は丁寧でサボらずキチンと己の責務を果たそうとしているところから見て、ここの衛兵の質はそれなりに良いらしい。たぶん、治安のほうも期待できるだろう。

 (しかし“登録証”ね……ふむ)

 「──コレでよいか?」

 腰のベルトに付けられた革製ポーチを探ると、予想通り名刺を2枚並べた程度の大きさの薄い金属製の札が見つかったので、衛兵に差し出す。

 「はい、確認しました。この町に来られたのは初めてですか?」

 衛兵は受け取った登録証に刻まれたアルファベットっぽい一連の文字に目を通すと、大きくうなずき、こちらに返却しながら聞いてきた。

 「あぁ」

 現実ふだんはもう少し愛想の良いしゃべり方をしてるつもりだが、あいにく今の自分はあまり精神的な余裕がない。最小限の言葉をぶっきらぼうに零すだけだが、下手に饒舌になるとボロが出るかもしれないから、こちらの方が無難だろう。

 「それでは“協会”の場所を教えましょう。この町で仕事をされる前に、まずは登録を更新しておいてください」

 (? どういうことだ?)

 “協会”というのは狩猟士協会と呼ばれる狩猟士を統括する民間組織のことだろう。ゲーム内でも、さまざまな依頼しごとを受けたり、突発的なアクシデント(危険な怪獣の襲来とか)などで出張ってきたりする、プレイヤーにとっても馴染み深い相手だ。

 しかし、ゲーム内で“リーヴ”は色々な街や町を拠点に活動してたが、新しい町に行ったとき、協会に顔を出して「登録の更新」なんて真似をした記憶がなかったんだが。

 「──わかった」

 それでも、了承した旨を衛兵に伝え、番所の前を抜けて町に入る。

 そもそも、自分が知っているのはあくまで“この世界とよく似たゲーム『HMFL』”での話だ。仮にこの世界をモデルにあのゲームが作られていたのだとしても、ゲームには不要として切り捨てられた要素がないとは言い切れない。

 そんなことを脳裏で考えつつ、足を踏み入れた町の様子は──。

 「おおっ!?」

 驚いた。外から見た感じでは気づかなかったか、内部に入ればゲーム内でも見覚えのある、見慣れたといってよい場所だった。

 日本式家屋とはまた異なる比較的シンプルな木製の建物の数々。

 大きな通りの脇には所どころに大きめの広葉樹が街路樹として植えられている。

 道行く人々の服装は、トップはチュニック風の長袖上着、ボトムは男性なら七分丈のズボン、女性はふくらはぎまでのスカートが多く、色合いもなかなかカラフルだ。足元は革製のショートブーツを履いている人が多いようだが、サンダル履きもそれなりにいる。

 「もしかして此処、カクシジカの町か?」

 ゲーム開始時にプレイヤーがスタートするのは大陸最大規模の街ニアーロで、プレイヤーキャラクターは「ニアーロの狩猟士訓練校を卒業したての新米ノービス狩猟士」という設定になっている。

 ちなみに、狩猟士になること自体は、別にニアーロの訓練校を卒業しなくても協会のある町で登録さえすれば可能だ。ただし、基礎訓練を積まずに狩猟士になった人間は、新米時代の死亡率が非常に高いらしいが……。

 その意味では、“ニアーロの訓練校卒”という肩書は、狩猟士としてはかなり信用度が高い──と、ゲームの公式サイトの“背景説明”に書いてあった。

 (東大卒……いや、“仕事”の性質を考えると防衛大卒的な感じのステータスなのかね)

 まぁ、身も蓋もないことを言えば、新米(であるはず)のプレイヤーキャラクターが、あれよあれよという間に躍進していくことの後付け理由なんだろうけど。


 で、いくつかの依頼を片付けてランクを10まで上げ、昇格試験に合格すれば、ようやく半人前卒業で下級アプレンティス狩猟士を名乗れるワケだ。

 下級狩猟士になると、協会の補助で大きめの町を繋いでいる交易馬車を格安で利用することができる(という設定な)ので、ニアーロ以外の場所に活動拠点を移すことが可能になる。

 その交易馬車でニアーロから直接行ける3つの町のひとつが、このカクシジカだ。人口や町の大きさ自体はさすがにニアーロには劣るものの、狩猟士に必要な施設はすべて揃っていて、付近の獲物の強さもほどほど。物価も安めなので、最初の移動先として選ぶプレイヤーも多い。

 かくいう自分もそのひとりで、上級マスターに昇格するまでは、気候が穏やかでどこか牧歌的な空気の漂うこの町を主な拠点にしていた。上級になってからは、さすがにもっと手ごわい獲物が狩れる町に移動したけど。

 (懐かしいなぁ)

 町の西門から入ってすぐのところにあるちょっとした広場や、その中央にあるカクシジカ創立者の石像、広場の右手に軒を連ねた屋台なんかもゲームとまったく同じ──だと思う。最近は滅多にカクシジカに行かなかったので、細かい記憶は少々あやふやだ。

 さっきポーチを探った時、財布らしき巾着も入っていたことは確認済みなので、屋台のひとつ──食欲をそそる匂いがする串焼きの店へと足を向けた。

 「らっしゃい! ねぇさん、何にする?」

 禿頭だが筋骨たくましい中年男性の店主に、そう声をかけられて、一瞬「姐さん?」と戸惑うが、すぐに今の自分の姿を思い出す。

 「──バフズとボアズの塩焼きをひとつずつ。クックはないのか?」

 「わりぃな、クックは今日は売り切れちまった。バフズは5ジェニ、ボアズは3ジェニだよ」

 バフズが牛、ボアが豚、クックが鶏に近い食材……と、いうのがゲームでの公式情報だ。

 財布の中から500円玉よりひと回り大きい銀貨(?)を取り出して店主に渡す。

 「おいおい、こんな屋台で1000ジェニ銀貨なんか使わないでくれよ」

 どうやら駄菓子屋で万札を出すような行為だったようだ。店主はあきれ顔ながらもキチンとお釣りをくれた。

 「すまん。この町に来たばかりでな」

 理由になっていない理由で誤魔化すが、店主は納得したようだ。

 「あ~、そういや、姐さん、見かけない顔だな。両替屋は、あっちの通りに入ってすぐの左側にあるぜ」

 「恩に着る」

 両替屋! そういうのもあるのか。

 ゲームでは登場しなかった(そもそもゲームでは財布自体持っていたか怪しい)施設名を聞いて、好奇心が湧いてくる。

 「その格好から見て、姐さん、いっぱしの狩猟士だろ。狩猟協会に行くなら両替屋のその向かいだ……ほい、バフズとボアズの塩だ」

 串焼き2本を受け取り、彫像脇のベンチ(というか大きな丸太を半分に切って並べたもの)に腰掛けてカブりつく。

 「! 美味い!!」

 匂いがした時点で予想はしていたがも、キチンと味覚も感じられるとあっては、どう考えてもコレは夢ではなさそうだ。

 (どうやら本格的に異世界転生確定かぁ)

 改めて凹みそうになる気持ちを、串焼き肉を食うことでなだめる。

 日本の居酒屋とかで出される牛ハラミや豚バラの串焼きに比べると多少堅めだったが、噛みしめると滲み出てくる肉の旨味は未知の領域だ。

 2本の串の合計6つの肉片をまたたく間に食べ尽くしたものの、小腹を満たしたせいで逆に本格的に腹が減ってきた。

 「──おやじ、バフズとボアズを今度は2本ずつ頼む」

 「ぉぅ、毎度!」


 合計6本の串焼きを食べてひと心地つき、多少なりとも覚悟も決まったので、いよいよ狩猟士協会の建物へと向かう。

 屋台の店主が言っていた通り、広場からほんの20プロト(1プロトはほぼ1メートルって設定だったはずだ)ほど進むと左手に両替商(天秤マークの吊り看板がかかっているので、たぶんそうだろう)がすぐに見つかり、その斜め向かいには、デフォルメした猪の顔と弓矢からなるシンボルマークが描かれた看板を入口の上に掲げた、大きな建物があった。

 ここがゲームでもお馴染みの狩猟士協会に違いない。

 傍目には悠然と(内心は心臓をバクバクさせながら)、西部劇に出てくるような木製のスイングドアを抜けて建物に足を踏み入れる。

 (あぁ……やっぱり…………)

 室内の光景は、『HMFL』を始めて間もない頃から丸1年近くお世話になった“カクシジカの協会の受付兼酒場”そのものだった。

 大きな円卓を三方から囲むように配された三つの木製長椅子の組み合わせ。それが部屋の真ん中あたりに4つあり、入り口から見て右側手前の壁際にはバーテンが中にいる立ち飲み用のカウンターがある。

 そしてカウンターのちょうど反対側、左側奥の一角が狩猟士協会の受付になっていた。

 さすがに中にいる面々──酔客やバーテン、右奥の掲示板前にいる狩猟士らしき人々などまではゲームのNPCと一緒じゃないが、インテリアや雰囲気はまさに馴染み深い“カクシジカの協会の受付兼酒場”だ。

 おかげで、内心の緊張が幾分ほぐれた。

 テーブルの間を抜けて目当ての場所──受付の前に足を進める。

 時間帯が中途半端だったせいか、並んでいる人もおらず、そのまますぐに協会の受付嬢(ちょっとメイドさんっぽい黒と白のエプロンドレス姿もゲームのままだ!)と話すことができた。

 「いらっしゃいませ、狩猟士協会カクシジカ支部へようこそ。どのようなご用件ですか?」

 やや癖のある赤毛を三つ編みのお下げにした、くりくりした碧い目が可愛らしい20歳前後の娘さんだが、今の自分の姿(正直、日本で差し向かいになったら絶対にビビる自信がある)を見ても、顔色ひとつ変えずにニッコリ笑って対応するあたり、さすが荒くれ揃いの狩猟士に慣れているなと感心する。

 「──失礼。狩猟士登録の更新をしたいのだが」

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