第4話 レジスター(登録)

 「登録更新ですか? それでは、狩猟士登録証カードを見せてください」

 受付嬢の言葉は予想の範囲内だったので、無言でポーチから取り出した金属板を差し出す。

 「はい、お預かりします」

 笑顔でカードを受け取り、金属板に刻まれた内容を目で追っていた受付嬢だが、急に目つきが真剣なものになった。

 「……あの、リーヴさん?」

 こちらを窺うような目つきで、受付嬢が呼びかけてくる。

 ヤバい。何か不審な点でもあったのだろうか──というか、あってもおかしくない。何せ今の自分は“異世界転生”なんてラノベかアニメでしかお目にかかれないような奇天烈現象を体現する存在なのだ。なにがしかのイレギュラーがあったのだろうか。

 (待て、KO○OLになれ、双葉……いや、今この状態だとリーヴか? ともかく、落ち着いて相手の真意を確かめつつ、口八丁で乗り切るのだ!)

 「──何か?」

 そんな風に心の中ではテンパっているにも関わらず、口から出たのは短く無愛想な反問の言葉だけ。

 (あぁ~、そんな言い方じゃあ、相手の機嫌を損ねるだるぉ!)

 なんとか穏便に済ませようとする望みが、自分自身の口下手のせいで絶たれようとしている……かと思いきや、逆に受付嬢の方が恐縮しだした。

 「いえ、大きな問題があるワケではないんです。ただ、★ふたつの上級狩猟士の方なのに、この半年間の狩猟記録が0なので、何か事情があるのかな、って」

 !

 「狩猟記録が0、だと!?」

 この登録証カードそんなモンまで記録されてたのか!?

 とはいえ、ある意味それも当然だ。『ハンティングモンスター・フロンティア』では、それこそ何百何千というレベルで巨獣・怪獣を狩っていたが、それはあくまでゲーム内での話。この異世界に来た(?)のはつい先刻で、野兎クニクル一匹倒していないのだから。

 だが、思わずあげたその声を誤解したのか、慌てて受付嬢が否定する。

 「あ、いや、累積討伐記録自体が0になってるワケじゃないので、そこはご安心ください。ただ、登録証には、最新の半年間までに請けた依頼の成果も記録されるんですが、ここ半年間、何も依頼を受けてらっしゃらないのが、ちょっと気になりまして」

 ふむ。そういうことか。それなら……。

 「──半年前、毒山竜セルビオラスの討伐依頼を仲間と請けた際、命があったのが奇跡なほどのヒドい痛手を受けた。まともに動けるまで回復したのがひと月ほど前だが、身体的にも精神的にも以前ほど無理が利かなくなったので、もう少しのんびり狩りができる場所を探して、ここに来た」

 さぁ、これでどうだ。一応筋は通っているはずだし、万一、今の自分の動きがヘッポコでも「膝に矢を受けてしまってな」的理由で誤魔化せる……といいなぁ。

 「な、なるほど。大変だったんですね!」

 しかし、この受付嬢は素直おひとよしな性格らしく、アッサリ信じてくれたようだ。

 「わたしは、カクシジカ生まれで、ほかの場所は研修で行ったニアーロくらいしか知らないんですけど、この町はいい所ですよ! リーヴさんが気に入っていただけるとうれしいです」

 「──そうか」

 何て返せばいいのかわからないので、そうとしか言えない。

 「はいっ! あ、早速更新手続きは済ませちゃいますね」

 何かの器械(材質を除くとパソコンのスキャナーを連想させる形状をしていた)に登録証を置いて蓋をし、ポチッとボタンを押すと、それで更新は終了したらしい。

 (ゲームの背景説明の中にあった“錬金機構”ってヤツか)

 この世界の文明はいったん崩壊している……が、全部が全部完膚なきまでに消滅したわけじゃない。

 もともとは高度な魔法文明とやらを築いていたのだが、大災害でその魔法技術も大半が失われてしまった。ただ、僅かにその一部が現在でも“錬金術”として細々と命脈を紡いでいるのだ。

 錬金術を扱える者──“錬金術士アルケミスト”(古えの賢者の石を作るような“本物”の錬金術師アルケマイスターと区別するため、そう呼ばれている)は狩猟士以上に希少で、大半がニアーロのような大きな街で公的に保護されているか、もしくは束縛を嫌ってどこか辺境に隠れ棲んでいるかのどちらからしい。

 ただ、錬金術士たちが作った器械──錬金機構や薬品類は、かなり高価ながらそれなりに出回っていて、狩猟士協会なら比較的手に入れやすかったりする。たぶん、協会の各支部には、登録証に読み込み・書き込みするために専用の錬金機構が備えられているんだろう。

 「はい、できました。登録証はお返ししますね」

 「ああ」

 受付嬢から金属板を受け取る。

 「それで、どうされます? 早速、何か依頼を請けられますか?」

 「──いや、さっきこの町に着いたばかりだ。とりあえず宿を探す」

 狩猟士協会の2階には簡易宿泊施設ざこねべやがあって、狩猟士なら格安(一泊50ジェニ)で泊まれるんだが、ゲームでは暗黙の了解として、利用するのは新米もしくは下級に上がったばかりの者限定となっていた。

 真っ当な稼ぎがあるはずの連中は、自分で何とかしろというワケだ。

 ここでもそれは順守しておくほうがいいだろう。

 「それでしたら、ここの西通りと広場をはさんで反対側にある東通りのすぐ入り口にある“釣り人の憩い亭”が協会推薦の宿になっています」

 受付嬢(名前はリコッタさんというらしい)によれば、ほかにも木賃宿みたいところが数軒あるが、保安とサービスの点でオススメしないとのこと。ここは素直に従っておくか。

 「わかった。依頼しごとは明日の朝、請けに来る」

 「その時はわたしとは別の者が対処するかもしれませんが、登録は更新されているので問題ないと思います」

 受付嬢ってひとりじゃないのか……って、そりゃそうか。それこそゲームのNPCじゃないんだから、24時間働けるわけがない。

 ん? そう言えば。

 「ここは、朝は何時から開いている?」

 ゲームではそれこそコンビニの如く24時間営業だったが、現実こちらでもそうとは限らない。

 「あ、その点はご心配なく。ニアーロみたく終日営業ではありませんが、協会標準の午前3点鐘から午後5点鐘まで開いています」

 えーと、確か『HMFL』の“点鐘”って昔の日本の“刻”とほぼイコールだから、朝6時から夜10時までの16時間営業か──ああ、だから交代要員がいるわけだな。

 「そうか。ありがとう」

 礼を言って受付を離れ、そのまま協会から出る。

 本当は、酒場のカウンターあたりで情報収集とかするのがセオリーかもしれんが、さすがに色々あり過ぎて精神的にそろそろ限界だ。


 リコッタ嬢に聞いた宿“釣り人の憩い亭”は、飾り気のないシンプルな造りの二階家だったが、玄関の前からキチンと掃除されていて、なかなか居心地は良さそうだった。

 「いらっしゃい! お客さん、泊まりかい?」

 受付カウンターに呼び鈴があり、本来はそれを鳴らして案内を乞うみたいだが、ちょうど洗い物籠を手にした40過ぎくらいの女性が通りがかって声をかけてくれた。

 「ああ。1泊いくらだ?」

 さっきざっと見た感じでは財布の中には1000ジェニ銀貨が10枚以上あった。1ジェニ=約10円と考えれば10数万円で、普通の宿なら4、5日は余裕で泊まれると思うんだが……。

 「朝食付きで1泊300ジェニ。連泊するならシーツ交換が3日に1回の代わりに3泊800ジェニでいいよ。先払いになるけどね」

 裏を返せば、連泊でないときは毎日シーツを変えてるのか。食事の味にもよるが、確かに悪くなさそうだ。

 「では、とりあえず今日から3日泊まりたい」

 財布から1000ジェニ銀貨を1枚取り出しておかみさん(?)に渡すと、200ジェニのお釣りと銭湯の下駄箱の鍵みたいな一辺がギザギザの木製の板をくれた。

 「部屋は2階の右奥から2番目だよ。そいつを部屋の扉に挿すと開くから、いったん開けたら外して回収しとくれ。そのまま挿さずに扉を締めたら、鍵がかかるからね」

 なんと、オートロックか!

 「1階の奥は食堂になってて、泊り客が食事する時は麺麭パンをひとつオマケするよ。ただし、食堂にくる時は武装禁止。武器は部屋に置いてきとくれ。防具は……」

 おかみさんがこちらの格好をじろじろ見る。

 「……まぁ、アンタくらいのなら問題ないか。それと言うまでもなく喧嘩・乱闘・揉め事はお断りだ。軽い口論くらいなら見逃すけど、騒動起こしたら問答無用で衛兵呼ぶからね」

 「心得た」

 神妙な顔で頷くと、おかみさん(?)は何故か面食らったような表情を見せる。

 「そ、それと、洗濯物があれば1籠分100ジェニで引き受けるよ。内風呂はないけど、お湯入れた大きめのたらいと手拭のセットを1回10ジェニで貸すから、必要なら言っとくれ」

 要は部屋で行水しろってことか。たぶん、この地方ではそれが一般的なのだろう。

 「近くに風呂に入れるところはあるか?」

 しかし、ダメ元で聞いてみたところ、意外な答えが返ってきた。

 「2軒隣りに風呂屋があるけど、1回200ジェニだから結構高いよ? でも、まぁ、アンタは狩猟士みたいだから、仕事帰りには風呂に入りたいこともあるのかね」

 ここの宿泊費1泊分の3分の2か。確かに高いな。とは言え、そもそも水と燃料が豊富なところでないと入浴するという発想は出てこないはずだから、この町は恵まれている方なんだろう。

 「わかった。ありがとう」

 「!?」

 だから、普通に礼を言ったくらいで、なんで初対面の人間からそんなに驚かれるんだよ。顔か? そんなにこの顔と雰囲気が威圧的で恐いのか!?

 ──完全には否定できないのがくやしひ。たぶん日本にいた頃こんな大柄マッチョで強面こわもての女性と夜道で出会ったら、自分だって絶対ビビるだろうし。

 (チクショウ、アバター作るとき、受けを狙わずに、もうちょっとカワイコちゃん(死語)に作れば良かった……いや、ナンパされたり侮られたりしてかえって面倒そうだから、今の方がまだまし、なのか?)

 そんな益体もないことを考えつつ無言で宿の階段を上がり、指定された部屋に入ってドアの鍵を閉めると、ベッドにどっかと腰を下ろして、ようやくひと心地つけたのだった。

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