第2話 ビフォー・アフター(転生前後)

 ごく普通のサラリーマン、牧瀬双葉(31歳・♂)。

 彼は、ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の両親に加えて天才肌の兄とマイペースな弟に挟まれて育ち、ごく普通の大学を卒業し、運よく二流と一流の境界のような会社に就職して、あまり目立たないながらも、まぁ、それなりに勤勉に社会人をやっていました。

 アラサーにして独身なのも今どき珍しくはないですし(大恋愛の末結ばれた両親は「結婚はいいぞ!」とうるさかったですが)、オンラインPCゲームが趣味というのもこの年代なら掃いて捨てるほどいるでしょう。

 ちなみに弟の三郎もゲーマーですが、彼はどちらかというとオフラインのコンシューマー系の方を好んでいます。もっとも、双葉もそちらをやらないワケではないですし、三郎もMMORPGなどに多少手は出していたので、共通の話題には事欠かず、少し年の離れた兄と比べると仲が良い方ではありましたが。

 彼らの兄、太一は……リアル“リア充”でした!

 幼稚園の頃から神童と呼ばれ、成長するにつれ、そのグレードは天才、優等生と徐々に下がってはいったのですが、それでも国立大学をそこそこ優秀な成績で卒業し、地元の優良企業に就職。25歳にして高校時代からつきあいのある恋人(大学の準ミスキャンパスに選ばれた経験アリ)と結婚して、3年後には可愛い娘が誕生、ちょうど同じころに係長に昇任──という、絵に描いたような勝ち組人生を邁進しています。

 無論、昨今の日本の情勢からして、そのまま順風満帆な人生を送れると限ったものではありませんが、少なくとも「美人と結婚して子持ち」という部分だけでも、弟ふたり(三郎も29歳独身男子です)が羨望を抱くのには十分でした。


 「ていうかさぁ、コミュ障で会社以外は引きこもり半歩手前の俺はともかく、なんで兄貴に彼女いないのよ?」

 たまにふたりで飲んでいる時など、三郎は不思議そうな顔で双葉によく問うてきたものです。

 「いや、まがりなりにも広報担当の外回りとして働いている人間がソレ(コミュ障&引きこもり)でいいのか?」

 「バカだなぁ~、仕事で意にそわない“営業スマイル”フル活用してるからこそ、プライベートでは、そーゆーメンドいことは一切したくないんじゃんか」

 もっともなような、色々間違っているような気のする台詞を三郎はうそぶきます。

 「まぁ、俺のことはいいじゃん。兄貴、ネトゲ経由でいろいろ人脈広いんだろ? コミュ力高いし、リアルでも友達多いじゃん。誰か女の子紹介してくれたりしないの?」

 どうやら遠回しに心配してくれているようです。

 確かに、ガチガチの堅物優等生な兄や、一見チャラ男・中身はオタクな弟に比べると、牧瀬家の次男である双葉は良くも悪くも「平均的」なルックスと良識を備えた常識人です。

 人付き合いも人並みにこなしますし、面倒見も悪くありません。

 容姿は……イケメンと言うにはほど遠いですが、かといってブサメンとこきおろされるほどヒドいわけでもないでしょう。

 ただ──なんというか、非常に存在感が薄いのです。

 おしゃべり好きとまでは言えないにせよ、決して無口ではなく、ときにはジョークのひとつも飛ばす程度のユーモアもあるのですが……特に親しい人間以外から、なぜかスルーされがちでした。

 もっとも、どこぞの麻雀漫画の巨乳女子高生ほど極端にステルス性が高いわけではなく、少なくともそこに「いる」ことは認識されてはいるのですが、不思議と印象に残らないようなのです。

 この特性(?)故に、女性と知り合いになっても好印象を得たことがなく(と言うか、そもそも印象に残らず)、当然これまで男女交際と言えるようなつきあいをしたこともありません。


 「──やっぱ、兄貴、就職先間違えてね? どうせなら、自衛隊の特殊部隊か、いっそ内閣情報調査室あたりを狙うべきだったんじゃないかねぇ」

 「そんなソリ●ドな蛇かスパイ大作戦な人生は御免こうむる!」

 ちなみに、そんな彼の職業は、地元水産加工会社の宣伝部の主任さんです。

 「そんな目立たない人材で宣伝なんて大丈夫か?」と思われるかもしれませんが、宣伝業務(しごと)はキチンとこなしています──ただし、会社の商品はともかく彼個人の印象はお得意先でも薄いままでしたが。下手すると入社一年目の新人クンの方が、顔は知られているかもしれません。


 ともあれ、不満に思う点が皆無ではありませんでしたが、それでもこの牧瀬家の兄と弟は、21世紀日本でのアラサー独身男ライフをそれなりに謳歌していたのです。


 ところが……。


  * * * 


 「──それが、どうしてこうなった……」

 すぐそばを流れる、多少人の手の入った水路らしき水の流れを覗き込むと、そこに映っているのは見慣れた典型的日本人男性の地味メンフェイス……じゃない。

 むしろ、それとは真逆の、浅黒いラテンアメリカン風の肌をした、筋肉質で彫りの深いいかにも屈強そうな“女性”の姿だった。

 水面の反射だけじゃなく、自分の身体を見下ろ……そうとしても、胸部の隆起というか脂肪塊というか──いわゆるひとつの“オッパイ”、それも推定Dカップ以上かつバストサイズ90センチは確実に超えてるだろうブツが視界を邪魔して、下半身がうまく見えない。

 まぁ、ここまでに得た情報──水面に映った容貌とこの巨乳、さらに今気づいたが身に着けている革鎧らしき装備と、傍らに転がってる新宿スイーパーの相棒が愛用してそうな100tハンマーもどきの大木槌……などを総合してみれば、現実離れしているが導き出される結論はひとつだ。

 「まさか、『HMFL』のマイキャラ“リーヴ”になってるのか!?」


 『ハンティングモンスター・フロントライン』──通称HMFLは、いわゆるオープンワールド系アクションゲームだ。

 元は家庭用ゲームで発売されて、そこそこのスマッシュヒット作になったんだが、PCに移植され、オンライン機能を強化されたことで爆発的な人気が出たという、なかなかに珍しい作品でもある。

 世界観は、「ややファンタジー寄りのアフターハルマゲドン物」とでも言うべきか。

 過去に高度な文明が発達していたものの、何らかの(ゲーム内では詳細不明とされていた)原因で世界規模の大災害が起こって文明は崩壊。世界の総人口は往時の3%くらいにまで減少したものの、それでも人々は細々と生き残り、百年以上かけて全盛期の1割くらいにまでは持ち直した。

 ただし、文明レベルは大きく後退してしまい、かつ生物相も大きく変化し、大災害以前には存在しなかった巨大生物が各地を徘徊するようになっている。

 プレイヤーは、その巨大生物“巨獣モンスター”や、さらにそれより手ごわい“怪獣デーモン”を狩ることができる希少な人材“狩猟士ハントマン”となって、さまざまな地域に趣き、巨獣を始めとする獲物を狩りつつ、合間にマイファームで農作業したり、鍛冶屋に頼んで巨獣素材の武器防具を作ってもらったり、時には酒場で狩猟士仲間と飲みニケーションしたり、獣人やペットの獣をモフったりする、自由度の高い狩りゲーだったわけだ。

 ちなみに自分は、HMFLのPC化直後からプレイし始めて、今年で7年目になるベテランプレイヤーだった。

 とは言っても、ゲーム内で“アデプト(達人)”と呼ばれるワールドランキング100入りするほどのガチ勢には程遠く、どちらかと言うとエンジョイ派寄りだ。アクションゲームがそれほど得意ではないってのもあったしな。

 それでも、これだけ長い間ひとつのゲームを、ほぼ毎日プレイしていると、それなりにプレイスキルも上がっていて、マスター(上級)の壁は超えて久しいオーバーマスター(超級)の称号も持っていた。


 で。

 そのHMFLに登録してる三体のアバターの中で、ゲーム開始当初から使用していて、装備・ランク共にもっとも充実しているマイキャラクターが、この“リーヴ”だったわけだ。

 ご覧の通り女性キャラだが、和ゲーやアニメにありがちな美少女タイプの外見とは対極の、「長身でマッシヴな女コナン」的なルックスをコンセプトにクリエイトしたキャラクターだったりする(イメージとしては、大神さ●らとかバ●メとかが近いか?)。

 190センチ近い長身で、プロポーション自体はいいが、筋肉の量もスゴい。顔も決して不細工ではないが、どちらかと言うとひと昔前の洋ゲーに出てきそうなバタくさい、生粋の女戦士って感じだな。

 オンライン上で他人とパーティ組む時は、それほど凝ったロールプレイはしなかったものの、一応「かなり無口だが言うべき時にはビシッと言う」「初心者には不器用ながら親切に接する」という“頼れる姐御”的な言動も心がけていた。

 「萌え~」とか言われるようなキャラじゃないが、それでも自分的には(7年間ゲーム内で“苦楽をともにした”こともあって)それなり以上に気に入ってたんだが、まさか自分がそのリーヴの姿になるなんて思わなかった。


 正直、夢なら早く覚めてほしいものだが……露出した二の腕に感じる風の感触や、馬鹿でかい脂肪性胸部装甲の揺れる未知なる感覚、さらに濃くむせるような草の匂いなんかが、これは現実だと訴えかけてくる。

 (はぁ……これが、最近アニメやラノベなんかで見かける異世界転生ってヤツなのかね)

 このテのネタは、三郎おとうとの方が詳しかったんだが……。神か悪魔か仕掛け人が誰だかしらないが、どうせなら自分じゃなくアイツを異世界転生させてやればよかったのに。

 「──とりあえずは、町に向かうか」

 幸いにして100メートルほど離れた場所に、太い丸太製の柵で周囲を囲まれた人里が見えることだし。

 傍らに転がる大槌「百屯煩魔」を拾い上げ、どう見ても100キロは近くありそうなソレを軽々と持てることに内心ビビりつつも、ゆっくり町の門らしき場所に向かって歩き出した。

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