じゃぱりカフェ2号店

「見えてきたわ」

 両手はキリンを運ぶのに塞がっているので、クララは顎で進行方向を指しました。キリンが目を凝らすと、遠くにある岩山の上、なにやら建物の影があります。

「ああ、あれね? たしかに、カフェに似てるわね。……少し大きい?」

「みたいね……」

 クララがふふ、と笑いました。

 近づくにつれて、キリンの目にもよく見えるようになりました。

 遠目に見た通り、アルパカのカフェと比べて、かなり大きな建物です。広さもそうですし、どうやら二階建てになっているようでした。

「……それに」

 さらに接近すると、かなり古びていることもはっきりわかります。屋根や壁にはところどころ穴が開き、窓は割れてはいませんが、ヒビが入っているところがあります。強い風が吹いたら崩れてしまいそうでした。

 キリンがそんなことを考えているうちに、クララは下降をはじめ、慎重に着地しました。

「はい、ここでいい?」

「ええ、ありがとう。もう一往復、ナマケモノのこともよろしくね」

「それはかまわないけど……。その前に、お腹空いたわあ」

「もう⁉」

 クララはじゃぱりまんを取り出し、その場で食べ始めてしまいました。かと思うと、キリンがイライラする間もなく食べ終え、悠然とした仕草で飛び立ちます。

「少し待っていてね……」

「え、ええ」

 少し不安になりましたが、大丈夫だろうとキリンは思い直します。クララがナマケモノを連れてくるまでの間、とりあえず建物には近づかないで、周辺を調べてみることにしました。


 建物の外をぐるりと一周してみます。建物は大きいですが、山頂はあまり広くありません。円形の地面で、一面を草が覆っています。このあたりも、じゃぱりカフェと似ているようです。崖の手前には柵がありましたが、建物同様ぼろぼろで、今にも倒れそうでした。

「あ、これね……」

 崖沿いで、ロープウェイと思しきものを発見しました。ちなみに、「ロープウェイ」というのは、先ほどアルパカに教えてもらった名前で、キリンには詳しくわからないのですが……。

 上の方についている灰色の太い縄は健在ですが、肝心のロープウェイ本体がありません。縄を支える柱も錆が浮き出て、たしかにこれでは、地上から容易には来られないでしょう。岸壁を登る術があれば別ですが……。

 ロープウェイからまっすぐ進めば、建物の正面玄関があります。両開きの扉が見えました。その途中、大きな木の板が立っていて、キリンはそれを見上げてみます。しばらくそうしていた後、「何かしら、これ」と呟いて、彼女は首を傾げました。


 雲の上で紅茶を愉しむ

 天空の宿へご招待!!(要予約)

 じゃぱりカフェ2号店へようこそ

 ※ 現在工事中・開店予定日××月××日 ※

 

 ――看板には、かすれた文字でそう書いてあったのですが、キリンに読むことはできません。


 キリンが一通り見て廻った頃、ナマケモノを抱えたクララが飛んできました。

「はい、お待ちどおさま」

「……ありがと~」

 さっそくじゃぱりまんを取り出し、食べ始めるクララに、ナマケモノは苦笑しました。

「それで、なにかわかった?」

 いいえ、とキリンは首を振ります。

「建物の外に、怪しい影はなかったわ。クララが見たっていう子が本当にいるなら、建物の中でしょうね。名探偵の勘がそう囁いているわ」

 クララが食べ終えるのを待って、三人は建物に接近しました。

「中に誰かいるの?」

 キリンが先頭に立って、扉の外から声をかけます。

「…………」

「……やっぱり、誰もいないのかしら」

 その時です。中から、どん、と大きな音がしました。

「――今の!」

「あら、誰か住んでいるみたいね」

 キリンが緊張する隣で、クララが暢気に呟きました。ナマケモノに至っては、運ばれてくるので疲れたのか、眠そうにうつらうつらしています。

「……入るわよ」

 扉を開くと、ぎぎぎと耳障りな音が響きました。思わず顔を顰める一同。

 建物の中に灯りはありませんが、大きな窓が外の光を取り込んで、充分明るくなっています。アルパカのカフェ同様、たくさんの机と椅子が並んでいました。中が広い分、その数は多いようです。入ってすぐ左手には、上へ伸びる階段があり、途中で右に折れています。

 ひとまずその階段は無視して、部屋を奥へ進みます。部屋の右奥には小さな扉があり、中は小さな部屋と、よくわからない白いものがありました。

 ナマケモノがキリンに訊ねます。

「これ、なに?」

「わからないわ……。そういえば、ロッジにも似たものがあったような気がするけど……」

「あら、こっちにも階段がある」

 別のところを調べていたクララの声がして、キリンとナマケモノは「toilet」と書かれたその扉を閉め、そちらへ向かいます。

 室内の左側。胸くらいの高さの壁があります。一部分には壁がなく、そこから内側へ入ると、中は一段高くなっていました。

「あ、これ」

 キリンには見覚えのあるものがありました。

「……やっぱりカフェなのかなあ?」

 ナマケモノが呟いた通り、アルパカのカフェにあったのと、同じものがあります。捻るとお湯や水が出てくる装置です。しかし試しに捻ってみても、なにも出てきませんでした。

「おふたりさん、こっちよ」

 クララの声にふたりが見廻すと、一段高くなった場所の横、ひとつ扉があるのがわかりました。位置的には、店の左奥になります。

 扉を開けると、中は小さな部屋で、下へ通じる細い階段だけがありました。クララが下を覗きこんでいますが、中は暗く、よく見えないようでした。

「中に誰かいるとしたら、この下じゃない?」

 クララの言葉に、キリンも頷きます。

「ええ。いかにもって感じだわ。……でもこの階段、地面の下に繋がっている?」

「アナグマの巣穴みたいだねえ」

 ナマケモノが言って、目を細めます。

「……よく眠れそう」

「ちょっと、ここで寝ないでね!」

「わかってるよ~」

 キリンが暗がりに向かって声をかけます。

「誰かいる?」

「…………」

 答えはありません。キリンは溜息をつき、先陣を切って階段を降りることにしました。ナマケモノが不安そうに、

「大丈夫?」

「名探偵にはこれくらい、全然へーきよ」

 クララもキリンの背中に向かって手を振ります。

「気をつけてね……」

 キリンはその言葉に振り返って、なにか言いたげな視線をクララに向けた後、また前へ向き直りました。

「……どうもクララの言葉って、不気味なのよね」

「あら、ひどい」


 キリンは足を踏み外さないよう、壁に手を付いて、一段一段ゆっくり降りていきます。下からは、冷たく湿った空気が流れてきました。

 地下室は暗く、頭上からの光で、辛うじて見える程度です。室内は一階よりは狭いですが、まあまあな広さでした。机や椅子はないものの、箱や物が散乱していて、少し歩きにくいです。

「うーん……?」

 キリンが目を凝らすと、部屋の奥、光がふたつ輝いているのが見えました。

「わああああ!」

「ひゃあああ!」

 驚いた拍子、キリンは何かを踏んですっ転びます。奥で目を光らせていた相手は相手で、わけもわからず走り出し、転んだキリンに躓いてさらに転びます。

 どたんどたんと重い音が一階まで響き、

「大丈夫~?」

「どうしたの?」

 階段の上から、ナマケモノとクララによる、気の抜けた声が届きました。


「あ、あなた、誰⁉」

 腰の抜けたキリンが、這って後退しつつ、相手を指差します。少なくとも、キリンの見知った相手ではありませんでした。

 そのフレンズは口をぱくぱくしながら、

「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ……」

「ボボボボ? あなたボボボボっていうの⁉」

「ち、違う……。ぼ、僕、はピュ……」

「ワピュー?」

「そ、そうじゃなくて……」

 キリンが見つめる先、

「僕は、ピューマ……」

 ピューマ(ネコ目ネコ科ピューマ属)は、やっとの思いでそう言い切りました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る