いないいない

名探偵の休息

「ふう……。美味しいわ」

「うん、美味しい」

 アミメキリンとナマケモノは、紅茶を一口含んで、そう感想をもらしました。

「本当? ありがとうねえ」

 じゃぱりカフェ店主のアルパカ・スリ(鯨偶蹄目ラクダ科ビクーニャ属)はにっこり微笑みました。

「店員さん、お代わりをいただける?」

「はいはい~。では、ごゆっくりねえ」

 ほかのお客さんに呼ばれて、アルパカが去っていくのを見つつ、キリンはまた一口紅茶を飲みました。

「うーん、この美味しさ……。なにか秘密があるわね⁉」

「えぇ?」

 困惑するナマケモノの前で、キリンはすかさず虫メガネを取り出ました。上から横から斜めから、人目も気にせずカップを観察します。

「ふむふむ……、なるほど?」

 キリンが熱心に動き回る横で、ナマケモノは諦めたように紅茶を飲みました。虫メガネを手にしてからというもの、なにかあるとキリンはすぐこれでした。もう慣れっこというものです。

 ちなみに博士たちによると、図書館には虫メガネがいくつかあったらしく、最初からキリンに上げて構わなかったそうです。もちろん野菜泥棒を見つけたことには感謝されましたが……。

「……なにか見つかった?」

 ナマケモノがのんびりした口調でキリンに問いました。キリンはにやりと笑って、

「ふふふ……。まあ、ここで言うのはやめておきましょうか」

「……つまり『特になかった』って意味だね」

 ナマケモノがすぐ補足しました。

「ちょっと、ナマケモノ!」

「…………」

「……うぬぬぬ」

 うつらうつらしているナマケモノを前にしては、キリンも強く言えません。アルパカを呼び止め、空のカップを渡します。

「お代わり! お代わりを頂戴!」

「はいはい。ちょっと待っててねえ」


 店内にはキリンたちのほかにも、何人かフレンズの姿があります。混雑しているというほどでもなく、アルパカと雑談を交わす余裕くらいはありました。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 すぐにお代わりが入りました。キリンはそれを啜り、同時に情報収集を試みます。

「ねえ、アルパカ。私たち、実はあるフレンズを追っているのよ」

「へええ。なんて名前の子?」

「いえ……。実はそれがわからないんだけど、こう、全体的に白くてもふもふしてて、頭に二本の角があるような……」

 キリンが身振り手振りで説明します。

「白くてもふもふ……。それって、私みたいなのお?」

「うん、そうね、アルパカよりもうちょっと背が高くて」

「うーん……」

「こっちの方に向かったとは聞いているんだけど、ここから先の足取りが摑めなくって……」

 キリンとナマケモノは、行き会ったフレンズに話を聞きつつ、この高山地帯までやって来ました。しかし途中から情報が入らなくなり、少し休憩をしようということで、話題のカフェにやって来たのです。

「ごめんねえ。特にないかなあ」

 しばらくの間考えて、アルパカはそう答えました。

「そう……」

「あ、でもでも。お客さんの中には、見たことがある人もいるかもしれないから、今度訊いてみるよ!」

「本当? ありがとう、アルパカ!」

 キリンがアルパカの手を取りました。多少は先の展望が見えたようです。依然手掛かりがないのは、変わらないのですが。

「そうだ。そのフレンズ以外にも、困ったこととか、不思議なことはないかしら?」

「不思議なこと?」

 アルパカが首を傾げます。

「そうよ」

 キリンはそう言うと、周りを見廻して、声を潜めました。

「……実はここだけの話、私は名探偵なの」

「あぁ! 知ってる知ってるう。名探偵と、探偵でしょお?」

「えっ」

 アルパカは手を打って、憚ることなく言いました。

「なんだっけえ……。たしか、野菜泥棒を捕まえたんだっけ?」

「まあそうだけど……。なんで知ってるのよ」

「なんでもなにも、皆知ってるよお。博士が散々広めてるもん」

「そ、そうなの……」

 自分の予想を超えて話が拡がっていることに、驚きを隠せないキリンでした。それと同時に、どこかこそばゆいような感覚もあります。

 つまり、とても嬉しかったのでした。

 キリンはこっそり、このままパーク一の名探偵になるぞ、と決意を固めました。

「不思議なことと言えばねえ……。そうそう、近くを飛んでくる鳥系の子にね、このカフェと似た建物を見た人がいるんだって!」

「ふーん……」

 話を聞いても、キリンは特に興味をそそられませんでした。カフェが一軒あるのなら、ほかにあっても不思議はないと思うからです。


「でも、ここと違って、随分ぼろぼろになっているの……」

 ふいに、離れたところから声がしました。ひとりで席に着いているお客さんが、会話に割りこんできたのです。

 キリンが振り向くと、全体的に黒っぽい鳥のフレンズが、優雅に紅茶を啜っていました。アルパカが思い出したように言いました。

「ああ、クララさんは見たことがあるんだっけえ?」

「ええ……」

「クララ?」

 キリンが首を傾げると、彼女はええ、と頷きました。

「フォークランドカラカラ……、愛称はクララ。よろしくね、名探偵さん」

 フォークランドカラカラ(タカ目ハヤブサ科アンデスカラカラ属)のクララはそう言って、口だけで笑いました。

 どこか妖しい雰囲気を漂わせるクララに気圧されながら、キリンも返答します。

「よ、よろしく。名探偵のアミメキリンよ。こっちは探偵のナマケモノ」

「……よろしくね」

 紹介されたナマケモノが、片手を挙げました。キリンが気になっていたことを訊ねます。

「それで、ぼろぼろ――って?」

「そのままの意味。壁も天井も崩れそうなの。それに、このカフェにはあれがあるでしょう? 地上から繋がってる……」

「ああ、あれね」

 キリンが頷きました。

 あれとは、地上とカフェのある山頂を結んでいる、乗り物のことです。名前はわかりませんが、キリンやナマケモノのように登るのが苦手なフレンズでも、あれのお蔭でこうしてカフェを訪れることができます。

「向こうの建物にも似たものがあるのだけれど、崩れちゃって、まったく使えないの。飛んでいくか、強引に登るしかないの」

「……それは、確かにちょっと不思議だね」

 ナマケモノが言いました。このカフェと同じ時期に造られたものだとすると、古くなるのが早すぎます。

「でしょう? それに……」

「ま、まだあるの?」

「あるっていうか、そっちが本題ね……。アルパカさん、お代わりもらえる?」

 ふいにクララが、アルパカを呼びました。アルパカは機敏に反応します。

「はいはい~」

「お代わりって、さっきもしてなかった、あなた?」

 キリンが呆れて言いました。思い出してみると、クララは何度もお代わりを繰り返し、ひとりで全部飲んでいました。お腹いっぱいにならないのでしょうか?

「ふふっ。クララは食べるのも飲むのも、一生飽きることはないの」

 クララは当然のように言いました。しばし、キリンが絶句します。

 まあそういうフレンズもいるだろう、とキリンは気を取り直しました。

「……それで、本題っていうのは?」

「その建物にね、少し前から、誰かフレンズがいるみたいなの……。姿を見ようとしても隠れちゃって……」

「そ、その話詳しく聞かせて!」

 キリンが、がたりと音を立てて立ち上がり、ナマケモノと顔を見合わせます。自分たちが追っているヤギ(推定)が、そこに潜んでいるのかもしれません。

 クララはキリンの剣幕に動じず、「お代わりが来てからね」と手を振りました。

「ちょっと、それくらいすぐに教えてよ!」

「ああ、喉が乾いたわあ」

 涼しい顔で、クララが言いました。

 

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