第11話 ダンジョン相談窓口

 さて、ダンジョン管理会社とはなんぞや。

 ダンジョン管理士とはなんぞや。


 どちらも、ソラウさんに言われるがままに、勢いでなってしまった僕だけれど、勉強をするうちにそれがどういうものなのか、ようやく理解ができるようになった。


 まず、この世界におけるダンジョンとはなんなのか、そこから始まる。

 一般的なファンタジー作品と異なり、この世界でダンジョンは、『』と定義されている。


 というのは、この世界には勇者もいなければ魔王もいない。

 モンスターというのは、向こうの世界でいう動物と同じカテゴリに分類されているのだ。


 向こうの世界でも、絶滅危惧状態にある希少な動物というのは、その生息環境ごと保護されるのが常だ。

 こちらの世界では、それがモンスターにも適応される。


 しかし、モンスターが絶滅の危機に瀕しているかといえば、それもまた違う。

 彼らは彼らで、人間たちが介入しなくても、勝手に生態系を形成し、勝手に繁栄するようにできているのだ。


 では、なぜそれをわざわざ、管理するのかと言えば、これも単純。

 モンスター素材のうまみが大きいからである。


 たとえば、一般的なブルースライムの死骸は、上質な保冷材として重宝されているほか、化粧水としても利用されていたりする。

 ミノタウロスの皮はレザーメイルの高級素材として高値で取引されている。

 グレーターデーモンの角に至っては魔剣の柄の素材として、市場よりもまずオークションに回される。


 そんな訳で、モンスターの保護という名目で、ダンジョンを管理運営し、適切に間引くことで利益を得たい――そういうことがこの世界では当たり前に行われているのだ。なかなか、シニカルな世界設定だと、今更になってから思う。


『ほんとだよねぇ。魔王が居なくて平和ボケした世界が、モンスターをこんな風に扱うなんて、いったい誰が考えるんだろうねぇ』


「めちゃくちゃ他人事みたいにいいましたね女神様。あんたたちが、そこら辺はお膳立てしてるんじゃないんですか?」


『神はサイコロを振らないのですよ。人々の成り行きに身を任せてみたら、こうなってしまったのだから仕方ないじゃないですか』


「テキトーだなぁ」


『けどまぁアレですね。良人くんとブランシュちゃんが本気を出して、大魔王になってこの世界を無茶苦茶にするっていうのも――女神的にはOKです!!』


「僕的にはOKじゃないんで、やんわりお断りしますね!!」


 閑話休題。


 とまぁ、そんな訳で、ダンジョン管理運営の意図はよく分かって貰えたと思う。

 しかしこんな風にダンジョン管理会社が国家公認の資格制になるのには、そこに加えてもう一つ、大きな要素が関わって来ていた。


 それが、ダンジョン管理士試験の法律に関する部分。

 僕が最も覚えるのに苦労した、『地方自治体およびダンジョン保有者にかかるダンジョン免税制度』だ。


 免税額の計算とか、諸々の基準が覚えにくくて大変なのだが――これを一言で説明してしまえば、ようは、『』ということだ。


 ようは節税のための道具として、いま、このダンジョン運営というのが、大きな注目を集めているということである。これは、別にメリジュヌ共和国に限らず、海を挟んだ隣国などでも行われている、極一般的な制度なのだという。


 モンスター素材による利益もあり、その上で節税にもなる。

 これで手を出さないなどということが考えられようか。


 故に、この世界の人々はとかくダンジョンを求めている。


 そこそこに危険で、そこそこに扱える、ほどよいダンジョンを。

 しかし、そんなものがほいほいと、一朝一夕で簡単に作れるはずもないし、素人経営で維持できるものでもない。


 そこで登場するのが、ダンジョン管理士ということである。


 一級、二級と設定されたこの資格は、モンスターが生息するダンジョンを適切に管理する能力を国が保証するものだ。管理するとはすなわち、モンスターの生態系を保護し、また、必要であればダンジョンに施工をするということを意味する。


 まさにダンジョン構築ゲーと同じ要領という訳だ。


 たまらない。「なれる!! ダンジョン管理士二級!!」の本を読んだときに、僕は思わずその特殊な仕事――かつ、僕にとっては天職と思えるそれに、心の底から震えたものだった。


「アネモネさん、転生するとき散々なことを言ってましたけど、絶対に選んで僕をここに転生させたでしょう?」


『さて、どうかしら。たまたまですよ、たまたま。うふふふふ……』


 食わせ者の女神に聞いても、笑い声しか返ってこない。

 なんにしても、このダンジョン管理士という仕事に、僕が並々ならないやりがいを感じているのは確かだった。


 異世界に転生してよかった。

 ここまで来るのに随分と回り道をした気はするけれど、今は純粋にそう思う。


『とはいえ、仕事が見つからなければ、ゲームオーバーですからねぇ。あんまりのんびりとも構えてられないんじゃないですか』


「そうですね……。ちなみに、夜毎、ブランシュに抱き着かれているのは、ラッキースケベの範疇には入らないのでしょうか?」


『チューくらいしないとダメですねぇ。その辺り、私の女神判定は厳しいですよ』


 さいですか。


 なら地道に仕事を足で探すしかないか。

 ぶつぶつと、ひとり言をつぶやきながら、人通りのまばらな第一商業区へと僕はようやくたどり着いた。


 ここは第一と銘打っているが、実質的には他の商業区と違って、一般人相手に商いを行う場所ではない。

 商業区で商いを行っている人たちに対する、行政サポートを行うための機関・施設が集約された区画である。


 まぁ、言ってしまえば、元居た世界の霞が関みたいなところという訳だ。


 ここの土木・建設庁舎に、昨今急増するダンジョンについて対応するべく、ダンジョンの管理、および、申請にかかる専用の係があったりする。


 まさしく、僕が目指しているのはそこであった。

 

 と、庁舎に入ってすぐ、その担当官さんと目が合ってしまった。

 すっかりと顔を覚えられてしまったらしい。すぐにその場に立ち上がり、こちらにぺこりとお辞儀をしたのは、ちょっとふくよかな――けれどもすごく母性的な――体つきをした女性だ。


 前髪をだらりと垂らして、目を隠している彼女は、すぐにこちらへどうぞとばかりにカウンターの前に立つと僕を待ち構えた。


「試験合格おめでとうございます。最年少・満点合格なんてすごいですね、びっくりしましたよ」


「ははは、ありがとうございます」


「合格前から熱心にこちらにも通われていらっしゃいましたし、もしかしたらと思っていましたが――いやはやびっくりです。うちの係は、いいお得意様ができきたなと、いまアルノーさんの話題で持ちきりですよ」


「それはありがたいなぁ」


 ありがたいついでに、ちょうどいい仕事があるといいのだけれど。

 そんなことを思いながら、僕は相談窓口の前に置かれている席に座った。


 彼女の名前はドミニクさん。

 ここ、第一商業区土木・建設庁の中にある飛び部署、国税庁税務課ダンジョン管理係の職員さんである。


 なぜ国税庁の本庁ではなく、土木・建設庁の中にあるのかと言えば話は複雑だ。

 ダンジョン建設には、土木・建設庁にその工事の申請が必要なのはもちろん、国税庁に対しても免税申請を行う必要があるからだ。

 ダンジョンの内部構造の管理は、土木・建設庁のダンジョン管理課、免税額の決定及び等級の認定は国税庁の管理課が行うという、二重管理になっているのだ。


 そして、ダンジョンの新設は免税目的ということから、相談室はこの国税庁側が開いていたりする。


 まぁそれはそれとして。

 ドミニクさんは結構なベテラン職員さんで、仕事が丁寧な方だ。


 ついでにおっぱいも大きい。

 ソラウさんほどではないが、グレースーツに無理に詰め込んだその圧巻のそれは、なんというか、ついつい男として目が行ってしまう。


 油断すると、ふっと下に滑りそうになるのを我慢しつつ、僕は視線を彼女の口元辺りに据えるといつもの話をはじめた。


「今日も新規ダンジョン建設希望者のご紹介についてですか?」


「はい。何か、いい仕事はないでしょうか」


 ダンジョン管理士の資格に合格する前だというのに、僕はここに通って、新規ダンジョン建設希望者についての情報を集めていた。


 無資格。

 まだ仕事ができるかどうかも知れない、世間知らずの子供にも関わらず、ドミニクさんは僕を邪険に扱わなかった。

 日々寄せられる、ダンジョン新設希望者の情報やら、試験の際のノウハウなどを親切丁寧に教えてくれた。


 今日もまた、いつもと変わらない感じに、彼女は微笑むと、いいですよと頷いたのだった。


 しかし……。


「ただ、残念ながら、新規のご相談はないですね」


「そう、ですか」


「ちょうど一週間前に、初めてやるにしてはいい規模の仕事があったんですが。それは結局、やれる方が居ないということで、別の都市の方に流れたそうです」


「世知辛いですね」


「けど、ダンジョン管理士二級――中規模ダンジョンの建設に関しては、確実に需要がありますから。タイミング次第ですよ」


 そのタイミングが重要なのだ。

 どうしたことか、首都には、大きなダンジョン管理会社が数件ある。

 だが、彼らは二級レベルの仕事――俗にいう中層ダンジョン(五階層までの制限付き)の建設に非積極的だ。


 曰く、管理運営のうま味が少ない、というのが彼らの談である。

 階層が深ければ深いほど、ダンジョンの複雑さがまして、攻略率――要は難易度が上がるのは想像に難くないだろう。


 モンスター素材の回収率などを考えると中層ダンジョンの方がうまみがあるが、やはりメインは節税目的である。

 高難易度に認定されすい深層ダンジョンの仕事に流れるのは自明の理であった。


 そのあたり、ソラウさんが僕に評価Aのダンジョンを造るのを思いとどまるよう、言った理由にもつながって来る。


 要は、浅いとそれだけ、高難易度のダンジョンを造るのは難しいのだ。


 しかし、だからこそ、そういう中層ダンジョンで、うまく難易度の高いものを作ってほしいというニーズが出てくる。


 そしておそらく――僕とブランシュの能力を使えば、それを造ることは可能だ。


「ほんと、あとはタイミングなんだよなぁ」


「残念ですねぇ。せっかく新進気鋭のダンジョンビルダーが生まれたというのに、肝心のお仕事がないだなんて」


 なんとかなりませんかね、と、頭の中で女神に問うてみる。

 ふむ、と、何やら考え込んだアネモネさん。


 どうせドミニクさんのおっぱいを揉めとか、そういう無理難題を言ってくるのだろうな、なんてことを想像していた僕だが、返事はちょっと予想していたものと違った。

 というか、だいぶ違った。


『いやー、凄いですね。スケベの星の下に生まれると、なにもしなくても向こうからチャンスが転がり込んでくるんだから』


「はい?」


「どけ!!」


 女神の言葉に困惑したと思うや、僕はいきなり椅子に座ったまま、横向きに倒されてしまった。なんとか咄嗟に受け身を取ったけれど――危ないところだった。


 何をするんだと見上げれば、ベリーショートな腰巻の下に、パンツ代わりの白い布巻が見えた。ふくらみがないころから女の子ということが即座にわかる。

 太ももと股のラインにきわどく接しているそれは、健康的な肌の色と相まって絶妙なエロティックさをかもしだしていた。


 なるほどこれがラッキースケベか。

 胸やパンツばかりがスケベではないということだな。


 妙なことを考えながらも、僕は冷静に自分を押し倒した人物を観察した。


 身長はブランシュより少し小さいくらい――目の前にいるドミニクさんとほぼほぼ同じくらいの背丈だ。


 その腰巻にしても、胸の周りに通している筒状の服にしても、肌を隠している面積が非常に少ない。

 ついでに言うと素足である。

 加えて、露出した肌には、太ももはともかくとして大小さまざまな傷がついており荒っぽい印象を受ける。


 頭は茶色のベリーショート。寝癖をそのままにしたような髪型だ。

 そんな中に、ひょっこり、と、何やら動くものが見えた。

 風で髪が揺れたのかと思ったがどうも違う。


「犬耳?」


 よく見ると、先ほどチラ見した太もものあたり。

 布の隙間から茶色い尾が伸びているのが分かった。

 それは転生前の世界で、隣の家に住んでいる山本さんが飼っていた柴犬の尻尾によく似ていた。


狗族くぞくという奴ですね。アナライズしてみたらどうですか?』


 女神の助言に珍しく従って、僕はモンスターアナライズを展開した。


 狗族。いわゆる獣人の一種である。

 犬の耳と尻尾を備えた亜人種で、どの亜人種の中でも取り分けて反射神経に優れている。多くは、森などに集落を造って住み、人間たちの社会と離れて生活している。

 ただ、人的交流がないかといえばそういうこともなく、人間に対しては友好的な立場をとることが多い。

 寿命は人間とそう変わらない。ただし、文化面で大きく劣っている部分があり、蛮族扱いこそはされないが、時に搾取の対象にされたりすることもある。


「へぇ、そんな種族もいるのか」


『危害を加えられたのに、随分と余裕ですね』


「なんていうかさ、姉弟きょうだいと一緒にいるうちに、荒っぽいのは慣れちゃったっていうか、あんまり気にならなくなっちゃって」


『良人くん。それが世に言う、嫁の尻にしかれるって奴ですよ。ブランシュちゃん、強いししっかりしてますもんね……』


 やめてくださいよ女神さま。

 姉弟きょうだいと僕はそういう関係じゃないですから。


 まだ、うん。

 少なくともブランシュはそういう気はないはずだ。


 さて、椅子を元に戻しながら、僕は慌てた様子のその少女を少し観察した。

 何をそんなに慌てているのだろう。


「ダンジョン管理会社に行ったら、ここに相談しろって言われたんだ。頼む、うちの集落にダンジョンを造って欲しいんだ。金ならある。管理費については長老たちが、好きなようにしていいと言ってくれている」


「ちょっとちょっと、落ち着いてください」


「一刻も早く必要なんだ!! でないと、うちの集落が潰されてしまう!! なぁ、頼む、ダンジョンを造ってくれ!! ここはそういう場所なんだろう!!」


「ここは相談を受けて、適切なダンジョン管理会社をご紹介する場でして、決してそういう業務をしている訳では――」


 あ、けど、と、ドミニクさんが言葉を止めて、こちらを見た。


 どうしますか、これ、と、ばかりに僕の方を見ている彼女。

 それにつられて、僕を弾き飛ばした少女も、すぐにこちらを向いた。


 頬にも十字傷を持ったその狗族の娘は、まるで狩りの獲物でも見るような、鋭い視線をこちらに向けてきた。


 しかしながら、彼女よりも本気で怒らせればもっともっと怖い、姉弟きょうだいと生活を共にしているからだろうか。少しも、僕はそれを怖いと感じなかった。


「えっと、そちらの方が、その適切なダンジョン管理会社の方です」


「……こいつが?」


 本当かよ、と、太い眉を眉間に寄せる獣人娘を前にして、僕は、はい、一応と、なんだかしまりのない返事をしたのだった。


 ところで女神さん。これってラッキースケベの恩恵ですか。


『YES!! パンツのないところにフラグは立たぬですよ、覚えておきなさい』

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