第12話 悪代官

 狗族の娘の名前はエマといった。

 ここ、首都ユーリアより南に向かって一つ州をまたいで存在する、南フス州。

 その更に南部の森に棲んでいる狗族の娘ということだった。


 立ち話もなんだということで、一旦彼女を連れて事務所に戻り、ドミニクさんも交えて話をすることになった。


 いきなり連れ帰ってきた依頼人にブランシュはリンゴをかじりながら驚いた顔をした。自分の仕事の方はいいのだろうかというくらい、僕の事務所に入り浸っているソラウさんは、やるじゃないのとまた激しく僕にボディータッチして、頭を撫でてきたのだった。


 なんだろう、ちょっと、視線が痛い気がするぞ。

 しかもこれ一つ二つじゃないような気がする。


『やれやれ、ハーレム属性は与えたつもりなかったんですが、なんででしょうね?』


「なんの話です女神さま?」


『こっちの話ですよ。なるほど、もしかすると、世話を焼きたくなる構ってちゃん属性があったのかもしれませんね。生前から』


 一人っ子だから、その辺りのことはよく分からない。

 とりあえず、ソラウさんから離れると、僕はエマさんを応接用のテーブルへと案内した。


 上座にエマさん、そしてその隣にドミニクさん。

 下座に僕とブランシュ。


 そして、なぜか手慣れた感じで、お茶を出してくれたソラウさん。

 薄い茶色をした湯気たつそれを一口飲む。

 僕はまず、早急にダンジョンを欲している理由をエマさんに問うた。


「うちの集落では、少ない畑で芋を生産していてな。それをフッセンハイムの農業組合に卸して、村単位での納税にあてているんだ」


「村単位の納税?」


「家族単位での納税が一般的ですが、狗族の方のように集落で共同生活を営んでいる方々には、その共同体単位で課税を行うことがあるんです。税金の徴収方法については、各州に判断を任せていますから、その仕方もそれぞれですけど」


「その各州に納税方法を任せるという制度のせいで、こっちは大迷惑を被っているんだぞ。くそっ、他人事のように言いやがって」


 突然、ドミニクさんを睨みつけるエマさん。

 どうも落ち着きのない様子だ。


 節税の相談に来て、それで、丁寧にいろいろと教えてくれた相手に、その反応はちょっとないんじゃないだろうか。

 大人げないエマさんの態度に少し、呆れてしまう。


 いや、それほどにやんごとない事情があるのかもしれない。


 苛立ちを誤魔化すようにお茶を手にするエマさん。

 ふぅ、ふぅ、と、その言動に似合わず可愛らしく息を吹きかけてから、それを口にすると、再び彼女は僕の方に顔を向けた。


「問題はフス州の特別税なんだ」


「特別税?」


「聞いたことがあります。南フス州の亜人種集落にかけられている、亜人種居留税ですね。亜人種に対する差別ではないかと、こちらでも話題に上がっています」


「そうだ、あんなもの差別以外のなにものでもない――そもそも今の州知事が赴任してきた頃から、何もかもうまく行かなくなった」


 うぅん。


 この世界の住人ではないからだろうか、いまいち話につていけない。


 アネモネさん、と、フォローをお願いすると、仕方ないなぁ良人くんはと、まるで猫型ロボットのような優しい声で、女神は僕に知啓を授けてくれた。


『南フス州は、四年前に州知事が変わったんですよ。しかし、この州知事が食わせ者でしてね、まぁ、なんやかんやと理由をつけて、地方税を増やし始めたんです』


「へぇ」


『もちろん増やした税金の使い道は、自分の近親者が行っている会社への補助金や、支持母体となっているギルドへの優遇措置にあてられています。つまり、社会的な地位を存分に利用しまくって、私腹を肥やしている、悪代官って奴ですね。許すまじ、と、ここは怒っていいところだと思います。プンプン!!』


「はぁ」


 なんとなく事情は察することはできた。

 なるほど、何にしても重税に悩んでいるということか。


 というか相談に来たのだから、それは当たり前の話か。


「ただでさえ重い税の上に、亜人種居留税のせいでうちの村は大変なんだ。そこに、今年は雨が少なくて、芋がまともに生産できなかった」


「……大変じゃないですか」


「悪いことは重なってな、今年は狩猟の方もあまり結果が芳しくない。鹿も猪もいったいどこに消えたのか、さっぱりと獲れなくて。毛皮や角の加工品を売って収入源にしようにも、それさえもできない」


 聞けば聞くほど、なんだかこっちまで申し訳ない気分になって来る話だ。

 辺境に生きる部族というのも大変なんだなぁ。もっと、自由気ままに生きているのだとばかり考えていたけれど、一気にその認識は覆ったよ。


「私は、長老たちに任されて、フス州政府との税金交渉を担当している。なんとか今年は納税を免除してもらえないかと頼んだのだが、州知事がはねつけているらしい」


『まぁ、なんて意地の悪い州知事なんでしょう。そのうち罰が当たりますね』


 そう言ってないで、当ててやれよ女神さま。

 どうしてそれだけの力を持っていて、それでいて怒っていながら、他人事みたいな感じに言うんだろうかね、この女神さまは。


 やっぱりろくでもないんだな。

 そう、改めて自分の担当女神のひどい性格を実感した。


「進退きわまった私は、懇意にしているフス州の税務官から『地方自治体およびダンジョン保有者にかかるダンジョン免税制度』について教えてもらった」


「なるほど」


「そこの税務官さんは、よっぽど親切な方なんですね」


「あぁ。私も、個人的には信頼している。いい人だ」


 少しだけ、エマさんの表情が和らいだ気がした。

 しかし、すぐに彼女はまた険しい表情をする。

 どうも、それを聞いただけでは、話が解決しなかった、ということらしい。


 確かに、そうでなければ、州をまたいでまで、首都にまで来たりしないだろう。

 やんごとない事情を抱えているのは間違いなさそうだった。


「南フス州にもダンジョン管理会社はある。だが、州知事が声をかけたんだ、亜人種どもの集落にダンジョンを造らせるなと」


「なっ!!」


「完璧な差別じゃないの!! 許される話じゃないわ!! その話がもし本当なら、州知事は職権乱用で公職追放よ!!」


 思いがけず、憤慨したのはソラウさんだ。


 会計士なんて仕事をしているからだろうか、そういうことには僕より詳しい。

 正直、メインで話を聞いているはずの僕の方が、ちんぷんかんぷんであった。

 まぁ、その州知事が、吐き気を催す邪悪であることは、分かったけれど。


「……そうだ、だが、証拠はない。南フス州の多くのギルドは、今の州知事と癒着している。彼らは州知事を裏切って告発などしないだろう」


「それで、首都であるここ、ユーリアならば、州知事の威光も届かないだろうと、やって来たって訳ですね」


「あぁ」


 ドミニクさんの問いかけにそう答えると、エマさんはまた、ふぅふぅ、と、息を吹きかけてお茶を飲んだ。


 ごくりごくりと、喉を鳴らして、今度はすべて飲み干す。


 空になったティーカップをテーブルに置く。

 するとすぐさま、彼女は僕に向かって頭を下げた。


「すまない。アンタがダンジョン管理会社の人間だなんてまったく気が付かなかったんだ。突き飛ばしたことは謝る、なんだったら、一発ぶん殴ってくれたっていい」


「いや、そういうのは、ちょっと」


「だがお願いだ。どうか、私たちの集落を救ってくれないだろうか!!」


 僕に向かって頭を下げるエマさん。

 そのちょうど鼻先から、ぽたりぽたりと滴り落ちるものを見てしまった。そうなると、僕はもう何も言えない気分になってしまう。


 いろいろと考えるべき点はあった。

 まずは、作るダンジョンの規模だ。


 前にも言った通り、ダンジョン管理士二級では、中層――五階までのダンジョンしか作成することはできない。

 この条件で、難易度の高いダンジョンを造るのは難しい。

 彼女が求めているのは、重税を免除してもらう程度の節税である。


 となると、大規模なダンジョンを造るほうが、より確実である。


 しかし、彼女はすでにこの首都にあるダンジョン管理会社に相談して、その上で、首都の窓口に行くようにと言われている。


 これはつまり、譲れない条件として、中層程度のダンジョンしか造れない地理的制約があるということ。また、その程度の規模のダンジョンしか作り維持することができないという、金銭的余裕がないことを同時に意味していた。


 難しい案件だ。

 正直、初心者だから分からないが、ベテランが投げた仕事というだけあって、利益率がそれほどよくないのは間違いないだろう。


 しかし――。


「元から、難しいのは承知の上だものね。ダンジョン評価Aの仕事をするってのが、商業区ギルドに提示された条件だし」


 僕は隣に座っているブランシュを見た。


 人間の言葉が分かっていない彼女。

 まったく話の内容は分かっていない。にも関わらず、じっとエマさんを真剣な顔で見つめているのは、彼女がこの会社の代表取締役として、恥じない態度でいようとしているからだ。


 確認するように投げかけた視線に、ブランシュは笑わずに頷いてみせた。


 続いて後ろのソラウさんの方を見る。


 どうでしょうか、と、この仕事を受けるかどうかの是非について、確認するならば彼女だ。けれども、僕はもう、受けることありきで、あえて何も言わずに彼女を黙って見つめた。


 好きにすればいいと思うよ。

 そんなちょっと無責任なウィンクが飛んでくる。

 こっちが真面目な顔をしながら、そんなしぐさを返されると、なんだか格好がつかない。


 早々に僕はエマさんの方を向き直ると、おほん、と、咳ばらいをした。


「顔を上げてください、エマさん」


「いや、仕事を受けてくれるまで、私は顔を上げない」


「受けると言っているんです」


 えっ、と、エマさんが、その言葉に間をおかずに僕の顔を見た。

 隣に座っているブランシュに負けないように、真面目な表情を造る。

 僕は、彼女にもう一度、マルタダンジョン管理会社としての意見を述べた。


「マルタダンジョン管理会社はその仕事を受けさせていただきます。報酬は、さしあたって、一般的なダンジョン管理費――モンスター素材より得られた報酬の三割とさせていただきます。詳しい条件については、現地で実際にダンジョンが完成してから、貴方たちの長老と膝を突き合わせて決めましょう」


「……いいん、ですか?」


「もちろん!!」


 揺るぎない信念と共に、僕はその言葉を発した。

 さて、とんとん拍子に話が進んでくれた。


 やってやろうじゃないか、造ってやろうじゃないか。


 彼らにとって最高のダンジョンを。


『と、この時の僕は、格好つけてこんな安請け合いをしてしまったなと、後悔することになるとは、思ってもみないのだった……』


「士気の下がるようなちゃちゃを入れないでください!! アネモネさん!!」

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