第10話 資格を取ったはいいけれど
あっけないくらいにダンジョン管理士二級の試験には合格した。
もともと、僕は資格試験の勉強内容については経験があったし、言うほどに覚えなくてはいけないことは少なかったのだ。
というのも基本となるダンジョン管理士のセオリーというのは、そのまま、僕が現実世界でのめりこんでいた、ダンジョン構築ゲームにそっくりだったからだ。
ゲームのセオリー通りに考えれば、過去問の回答などは暗記しなくても、簡単に答えの思いつく内容であった。
例えば、予想問題集の『問.スライムがフロアのキャパシティを超えて異常発生する階層がある。このスライムの発生量を抑制し、ダンジョンとしての適度なバランスを維持するために必要な施策について述べよ。』という論述問題についてだ。
これについては、「女騎士のくせに生意気な」で、使った常套手段がそのまま答えになった。
具体的には、『スライムの発生源である、カビと水源を調整すること。また、生物濃縮を起こしてスライムが毒性を持たないように、発生フロアの定期的な清掃――つまりはダンジョンで死亡してしまったり、離脱時に置いていった廃棄物を適切に処理すること――行うこと。』と書いた。
すると、ほぼほぼ同じ文言が、予想問題集の解答には書かれていた。
事前の模擬試験の結果は、160点満点中157点。
単純な計算ミスで落とした問題はあったが、それ以外はすべて正解していた。
これに驚いたのはソラウさんだ。
「嘘でしょ。開業者でもせいぜいボーダーの110点を取るのがせいぜいなのに」
「そんなに難しい問題じゃないですよね。なんていうか、当たり前というか」
「……君、異世界から来たっていうけど、どういう生活してたの? もしかして、勇者とかそういうのやってた訳?」
普通の男子学生です。
いや、強いて言うならば、女騎士を恐怖のどん底に落とす大魔王かな。
転生前の世界で、『女騎士のくせに生意気な』のプレイ実況を、憑りつかれたようにしていたことを思い出す。ほかにも、『ワールドクラフト』のネット世界大会で、決勝戦に進出したのも懐かしいなぁ。
その時の知識が、まさか異世界で役に立つなんて。
思いもしなかったよ。
とにかく、そんな訳で。
すぐに訪れた資格試験で、僕は最年少かつさらに満点合格という偉業を成し遂げて、ダンジョン管理士二級の資格を手に入れたのだった。
ソラウさんの話によれば。
まず、ここで躓くだろうと、ギルドの三役たちは思っていたらしい。
彼らは、相変わらず議長を除いて大いにうろたえたという。
「いやぁ、すごいわ。私の目に狂いはなかったというか、人は見かけによらないというか。あんた、チートスキル以上に、すごい知識を持ってるじゃないの」
「たまたまですよ、たまたま」
『セクハラです!! 女性に向かって卑猥な言葉を発するなんて、健全系女神として黙っていることはできません!! 言葉を慎みなさい良人!! おたまたま、もしくは、おきん○まと、上品におを頭につけなさい!!』
「絡んでこないでくださいよ女神さま」
『だってぇ、いざとなったら試験でそれとなく心の声を投げかけて、解答を教えてあげようかなぁとか思ってたのに。良人くんたら自力で全問正解しちゃうんだもの。お姉さん、何もすることがなくって、やんなっちゃうわ』
「試験中、ノリノリでアニソン熱唱してましたよね。あの状況で、よく、計算問題をミスせず満点取ることができたなって、自分でも不思議に思いますよ」
『パンホラ最高!!』
僕が元居た世界で、歌詞に独特の世界観があると人気のグループ。その曲を、はた迷惑にもこの駄女神さまは、人が試験を受けている最中に熱唱していた。
しかもご丁寧にカラオケ音源までつけて。
僕も結構、アニメなんかは見るほうだし、そのグループのことは好きだったので、ついつい気が散ってしまった。
ほんと、よく合格できたよあの悪環境で。
というかこの駄女神、僕にどうなって欲しいんだろう。
普通こういう時は助けるものじゃないの。
「なんにしても、よくやったわアルノーくん」
「流石だぜ
へへへそんなことないよと謙遜していると、よし、それなら景気づけにご飯でも食べに行きましょうか、なんてソラウさんが言い出す始末であった。
まぁ、あくまでこれは最低限の条件をクリアしただけに過ぎない。
問題はこれからだ。
「ご飯より前に、まずは仕事を決めないと。議長との約束の日まで、あと二週間しかないですし」
「――そうね、勝利の美酒に酔うには、まだちょっと早かったわ」
「なんだよ。いいじゃねえかよめでてえ日くらい。リンゴ、箱で買って祝おうぜ。親父の奴も喜ぶだろうしよ」
合格のお祝いに食べるのが、リンゴ。
その発想に僕はちょっと驚きを禁じえなかった。
というか、ブランシュって単純にリンゴが好きなのね。
てっきり、手のひら大で盗みやすいからかと思っていのだけれど。
同居三ヶ月目にして、初めて知った真実である。
追剥からは足を洗ったものの、染みついた習性ばっかりは、そうそう改めることなんてできるものではないということか。
しかし、なんだかそれが面白くもあり、安心する部分でもあった。
思わずブランシュに、リンゴくらいお祝いでなくても幾らでも頼みなよと、と、言うと、いいのかと彼女は眼を輝かせた。
開業して、代表取締役となり、ソラウさんからの資金援助を受けた僕たちは、以前のように追剥稼業に手を染める必要はなくなった。
とりあえず、さんざ迷惑をかけた市場の人達に頭を下げて、仕事を始めたことを説明すると、思いのほか、彼らは簡単に僕たちのことを許してくれた。
「腹すかせたガキ共追い回してゲンコくらわすのは、俺らの趣味みたいなもんだ。というか、そうしないと生きられないんだから、仕方ねえだろ」
他、過去にカツアゲした相手や、財布を擦った相手にも、ブランシュと共に頭を下げに行ったが、同様の言葉を返された。
意外と、この街に住んでいる大人たちは優しい。
僕たちのようなそうするしか生きる術を知らない子供たちに寛容だった。そんなことに僕は改めて驚きと感動を覚えた。
そんな訳で、せめてもの罪滅ぼしにと、極力、僕たちは盗みを働いた店で商品を買うようにしているのだった。
人間の言葉の話せないブランシュだが、簡単にその経緯について店主さんたちに説明すると、相手もすんなりそれを受け止めてくれて、今では常連というくらいに仲良くなっている――そんな有様だ。
開業してからの二週間で、確実に僕たちの周りの環境はよくなっている。
そう感じた。
ただ、まぁ、変わらない部分もある。
「ところでブラ――
「なんでだよ。別に布団があれば十分だろ」
「……まぁ、そうなんだけど。ほら、僕の合格祝いに」
「嫌だよ、俺は今のままでいい」
住処にしていた黄金通りの路地裏を引き払い、今はこの事務所に寝泊まりしている僕とブランシュ。しかし、相変わらず、僕たちは床の上にボロ布を引いて寝ていた。
それ自体はまぁ、昔と変わらないからいいのだけれど――。
場所が変わったからだろうか、はたまた、路地裏よりも寝床が狭くなったからだろうか。最近、ブランシュが、夜中に僕に抱き着いてきたりするようになったのだ。
いわゆる、一つ屋根の下のドッキリという奴である。
心臓に悪いんだよね。
ついでに言うと、結構、きつく締めつけてくるので、体にも確実に悪いっていう。
『ラッキースケベをなんだと思っているんですか!! 良人くん!! 夜な夜な女の子に抱き着かれて眠るなんて、そんなうらやまけしからん展開にも関わらず、君は二段ベッドを買おう、なんて味気のないことを言うんですか!!』
「いやけど、だって。実際問題な訳です」
『絶句した!! 今どきの異世界転生男子高校生の草食動物ぶりに絶句した!!』
「さようなら絶句先生のネタはいいですから」
おそらく、アネモネさんが夜中にこっそりと、何か干渉してるんだろうなぁ、とかも、ちょっと思っていたりする。
なんにしても、このいい感じに作り上げられた僕たちの生きる環境を、維持し続けなければいけない。
そのためにも、ダンジョン管理会社として、早々に依頼――ダンジョン案件を獲得しなければならなかった。
「それじゃ、僕は今日も第一商業区の役所に顔を出してくるから」
「分かったわ。いい仕事が見つかることを祈ってる」
「ファイトだぜ、
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