第9話 なれる!! ダンジョン管理士二級!!

 商業区ギルドのマスター三人。

 彼らは、合議制によりなりたっている、商業区ギルドの代表会議――その議長と副議長、そして執行役員代表の三役であった。


 議長は、第二商業区は金細工通りの金細工職人ゴールドスミス親方マイスター

 副議長は、第三商業区は市場の総支配人。

 そして執行役員代表は、第五商業区は都内最大手の新聞会社の編集長である。


 商業区ギルドでの開業には、それなりの手続きが必要になる。

 信頼できる開業資金を持っているか、仕事をするだけの技術を十分に持っているか。従業員の数は大丈夫か、と、そういったところを――本来であれば厳しく審査した上で、初めて店を構えることができるのだ。


 しかし、それを、たったの一日で、なんの資格も実績もなく、いきなり開業しようとなると相応のコネが必要になる。


 それこそ、商業区ギルドの最高決定機関である、この三役を呼びつけるくらいのコネが、だ。


 もちろん、そんなものを僕が持っているわけがない。

 持つためにはそうだな――女性のおっぱいに顔をうずめて、ふがふがするくらいのサービスシーンを、天上の破廉恥女神さまに奉納する必要があるだろう。


『破廉恥とは失礼な!! お約束サービスシーンは大切ですよ!!』


 とりあえず、真剣なシーンなのに、ちゃちゃを入れてくるのはよしてほしい。

 アネモネさんの言葉に、思わず独り言を返しそうになるのを、ぐっとこらえて、僕は深々と、その三役に頭を下げた。


 ふん、と、侮蔑するような鼻息が聞こえた。


 仕方がないだろう。

 こんな若造が頭を下げてみたところで、なんの価値もないのだから。

 社会に出たことのない僕だけれど、そんなことはよくよく分かる。


 顔を上げると、彼らはさっそく僕のことなどお辞儀した事実すら無視して、ソラウさんの方を向いていた。


「世話になっているソラウさんが、どうしても、と、言うからやって来てみたが」


「まだ、子供ではないか」


「本当にこのような子に、ダンジョン管理会社なんてできるのかね?」


 彼らがこうしてこの場に集まったのはすべて、僕が女神さまの助言により泣きついた相手。

 ソラウさんの人脈によるところであった。


 彼女は、僕が破いたことで、貼れなくなって手配書が、再び発行されるまでの一日の間に、このお店を見つけ、三役に話を通し、開業のための準備をしてくれたのだ。


 あんまりにもその手際は鮮やか。

 それは、繁盛するはずだし、三役の爺様方も敬意を払うのも頷ける。

 軽い感じのダークエルフの彼女は、間違いなく、できるキャリアウーマンだった。


 そんな彼女が改めてお辞儀をする。


「えぇ、私は彼らにダンジョン経営・管理を行うだけの十分な能力があると判断しました。同時に、長期的な仕事のパートナーになりうる、この商業区ギルドのさらなる発展に寄与する人物たちであると確信しています」


「ほう」


「貴方がそこまできっぱりと、言い切ってみせるとは。興味深い」


「聞けば、この店の手配や、当面の資金繰りについても面倒を見るそうじゃないか」


「えぇ、皆さんのおかげでだいぶ儲けさせていただいてますので」


 淡々とソラウさんは話を進める。

 老獪な爺様相手に、まったく退かない態度だ。


 もちろんダークエルフの彼女と人間の老人たちだ。人生経験という点においては、ソラウさんの方が長い訳だから、そうなってしまうのも当たり前か。


 しかし、ここまでべた褒めされると。

 なんだかむず痒い感じがするのも事実だ。


 いやはや。

 そんな、確信しています、だなんて。


「もちろん、それなりの開業資金を融資するに当たって、それなりにシビアな条件は課したつもりです。私の目が狂っていたと判断した時には、すぐにでも融資は打ち切って、彼らの事業からは手を引くつもりです」


 そして上げておいて落とすこのズドンである。

 ソラウさんのその発言は、爺様方の軽い扱いに傷ついている僕にはよく効いた。


 彼女から、開業資金として借りた金は、金貨五万枚である。

 この世界でしばらく生活してきた経験から、金貨一枚が千円から三千円程度の価値があることを僕は知っている。


 未成年にして、とんでもない融資を受けたことには間違いない。

 それこそ、こんなことを両親が知ったら、その場で卒倒するだろう。


 それでも、姉弟きょうだいを助けるにはそれしかなかったのだから仕方ない。


「もう既に狂っているように思うが。思い直してはどうかな、ソラウさん」


「いいえ。若人にチャンスを与えるのは、我々、先達者の務めではありませんか」


「ふむ、よほど彼らのことがお気に入りと見えますな」


「……そちらの金髪娘には、市場は煮え湯を何度も飲まされている。その事実を織り込んで、それでも彼らに融資をすると、そう貴方は言うのですな、ソラウさん」


 三役の一人、副議長の鋭い視線がブランシュに飛んだ。


 追剥としてこれまで生計を立ててきたブランシュだ。

 人の集まる市場なんぞは格好の獲物である。


 もちろん、彼女ばかりがその犯人ではない。

 だが、大立ち回りの末に前回の一斉摘発を逃れ、今なお市場を荒らす彼女に、彼がこの中で一番敵意を抱いているのは間違いない。


 幸いだったのは、声のトーンが比較的落ち着いていたことだ。

 ブランシュは人間の言葉が分からない。何か言われたということは分かっても、それがどういう意味か理解できない。


 自分について不愉快なことを言われているのは分かっているようだった。

 だが、僕とソラウさんのやり取りを前に自重してくれた。

 彼女は特に副議長に殴りかかるようなことはしなかった。


「我々は今度の商業区不法滞在者の一斉摘発を前に、その娘に懸賞金をかけた」


「できればこの場で捕らえたいくらいに思っている」


「しかし、商業区ギルドの構成員であるというならば。少なくとも、会社の代表取締役という立場にある人間に、軽々しく懸賞金にかけることはできない」


「はい。なので、開業の許可と共に、彼女にかけた懸賞金を撤回していただきたいと考えています」


 ふむ、と、三人が同時に黙り込んだ。


 聞けば、ブランシュへの懸賞金をかける決定は、代表議会で決まった話なのだという。彼ら三人の権限で、簡単に覆していいものではない。

 しかしながら、同業者を手にかけるというのは、それにも増してやっていいことではない。


 まさしく奇手にして妙手。

 もちろん、それは商業区ギルドに、太いパイプを持っているソラウさんからできたことなのだけれども。

 その力業にしても鮮やかな一手に思わず僕は唸った。


 いったいどんな仕事をしてくれば。

 どれだけ修羅場を潜ってくれば。

 こんなことを思いつくのだろう。


 女神の言葉は本当であった。

 この女性ソラウさんこそ、僕たちの細い細い生存の運命を握っているキーマンである。


「ならば、こちらにも相応の条件がある」


 と、切り出したのは、三役の中でも一番の権限を持つ者。

 商業区ギルドの議長だった。


 条件とは、と、ここは僕が応じる。

 初めて僕の方を向いた老人は、はたして、僕を値踏みするように見つめた。


「ダンジョン管理会社だそうだな」


「はい」


「では、お前たちが社会に対して、有益な人物であることを示すためにするべきことは三つだ」


 彼は、しわがれた三本の指を立てた。

 その一本がゆっくりと折り曲がる。


「一つ。二週間後に行われる、ダンジョン管理士認定試験二級に合格すること」


 ダンジョン管理士認定試験とは、メリジュヌ共和国が制定している国家資格だ。

 その名のとおり、ダンジョンの管理および施工について必要になって来る、技術的および法的知識を有しているかを判断する試験である。


 基本的にはテスト形式のもので、実地試験などはない。

 だが、「なれる!」、と書かれた参考書には、年間合格者が三割という難関試験であるとしれっと冒頭に書かれていた。


 一級になると更にその難易度は上がり、合格者は一割は切るそうなのだが、その代わりに、ダンジョン施工についての階層制限などが緩和されたりする。

 まぁ、資格の話はそれくらいにしておこう。


 僕がやろうとしている、そしてソラウさんに勧められた――ダンジョン管理会社を開業するためには、この二級以上の資格を保持することが絶対的な条件になる。

 もちろん、こうして会社自体は設立したけれども、国家資格を持っていなければ、具体的なダンジョンの管理・施工は、一切行うことができないのだ。


 つまり、言われなくてもどのみちやらなくてはいけないことに違いなかった。


「それは、僕と代表取締役、そのどちらか一方でも構わないんですよね?」


「構わん。そも、そんな簡単に合格できるような試験ではない」


「わかりました。二つ目の条件はなんでしょうか?」


 なんでもない感じで流したことに、その場に居る副議長と執行役員代表が驚いた表情を見せた。

 唯一、正面に立っている議長だけが、僕の言葉に眉一つ動かさない。


 彼はふむとだけつぶやくと、二本目の指を折って見せた。


「二つ目は、一カ月以内の案件受注と完遂だ。開業をしても、仕事のない会社なぞに意味はない。公募、駆け込み、営業、どんな手段でもいいから、案件をもぎ取れ」


「はい。分かりました。三番目はなんでしょう」


 まるでそんなことは簡単だとばかりに、軽く流した。

 そんな僕に、また、後ろの二人が驚く。


 実際、僕も内心、そんなことできるのかと不安に思ったが、ここで下手に出たところで彼らの心証を悪くするだけのことだ。


 思い切り胸を張り、まるでアテでもあるかのように、僕は答えてみせた。


 ふと、横目にソラウさんと視線が合う。

 ここまでの受け答えはばっちりよと、彼女はお茶目にウィンクを僕に放った。


 彼女、ダークエルフだそうだけれど、いったい何歳なんだろう。


『まぁ、女性の年齢のことを気にするだなんて、まぁ。良人くんったら、そういうところが私ダメだと思うの。ダメよ、そんなこと気にしたら、失礼だわ』


 ちなみに。


 さっきからシリアスな展開をぶち壊そうという魂胆なのだろか。

 頭の中に直接話しかけてくる女神さまが、これまた絶妙にうざったい。

 もう少し、静かにしていてくれないものだろうか。


『ちなみにぃ――私は何歳でしょうか? ヒントはありません。これまでの会話の内容から想像してみてください』


 知らんがな。

 そして、想像しているような状況でもないがな。


 テンテンテケテンと脳内でシンキングタイムを口ずさむ駄女神さま。本当、もう勘弁してくれよと、言葉の代わりに少しうんざりとした顔をした。


 そんな顔を見て、ぎろり、と、議長の顔がこわばった。

 どうやら心あらずという僕の様子が、彼には気に入らなかったらしい。


 立てられた彼の最後の指――しわくちゃの中指が折りたたまれると、彼は僕に少しこわばった顔を向けて、こう言い放った。


「最後、三つ目の条件は――ダンジョンの難易度認定でA以上の判定を得ること」


 その言葉に動揺したのは、残りの三役でもなく、僕でもなければブランシュでもない。さきほど僕にウィンクをしてみせた、ソラウさんだった。


 慌てて、彼女が議長へと詰め寄った。


「議長、それは幾らなんでもあんまりな話では!!」


「それくらいの仕事ができぬようなものに、出資する意味があるというのかね、ソラウくん?」


「しかし、彼らは初心者です――いきなりA評価というのは」


「上から三番目の評価だ。まだ随分と甘い条件だと、私は思っているがね」


 とは、議長の言葉。

 それでもなお食い下がろうとしているソラウさんから、あえて顔を逸らすと、議長は僕にもう一度、その冷ややかな顔を向けたのだった。


 自分はお前に聞いている。

 彼の眼はそう、僕に告げていた。


 A評価がどういうものか。まだ、ダンジョン管理士の資格勉強を始めていない僕には、さっぱりと判別のつかない話である。

 しかし、返す言葉は決まっている。


 ――そう思った時だ。


「おいこらァ!! さっきから偉そうにしていやがるが、俺の弟分にガンくれてんじゃねえぞォ!!」


 突然、それまで僕たちの背後に隠れていたブランシュが吠えた。


 ゴールデンドラゴンの咆哮に、それまで顔色一つ変えなかった議長さえもが顔を青ざめさせる。


 そんな彼らの表情を楽しむように、ブランシュはいつもの大立ち回りで見せるような、不敵な笑みを顔に浮かばせて彼らに向かって大見得を切ってみせた。


「なにがどういうことなのか、お前らの言葉が分からない俺にはさっぱり分からねえが、アルノーは俺の弟分だ!! こいつが体を張ってやると言うなら、俺はそれを全力でサポートする!!」


姉弟きょうだい!!」


「なにを言われてるのか知らねえが、言ってやれ、姉弟きょうだい!! 俺たちが組めばできねえことなんてないんだ!!」


 心の底から、今、思うよ。

 君はなんて頼りがいのある姉弟きょうだいなんだろうかって。


 君を救おうとしてあがいている今この場面でさえも。

 君はそうして、僕のことを救ってしまうのだから。


 彼女のその咆哮ことばで、僕の心は完全に固まった。

 怯える議長に向かって、はっきりと、そして、大きな声と共に、僕はそれを発した。


「分かりました。ダンジョン評価A、とってご覧に入れましょう」


 ソラウさんがたじろぐ。

 議長が目を剝く。

 副議長と執行役員代表が、どうしていいかと慌てふためく。


 けれどもそんな中、僕が感じていたのは、僕を信じて同じ道を歩もうとしてくれている姉弟きょうだい――ブランシュの強くそして熱い視線だけだった。


 大丈夫。できるさ。


 僕たち姉弟きょうだいならば。

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