2-10:染戦2

……翌日、ライチのアトリエ。いよいよ染戦が始まる。

「ライチくんもリッカちゃんも、”彩式クローマット”はしてきたね?」


「はい」

覚悟に満ちた声で答えるミライの手には、青く輝くカードがあった。

「はい……」

不安そうなリッカの持つ片手杖には、光を帯びた橙色の布が巻かれている。


「よし、それじゃあ行こうか。手を繋いで円になるよ」

ライチが両手を出すと、それぞれの手をミライとマモリが握った。


「さあ、リッカちゃんを助けに行くよ!」

マモリが手を差し出す。リッカは恐る恐る手を取る。

「あー、もしかして、緊張しちゃってる?」


「は、はい……少し……」

リッカの手の震えはマモリにしっかりと伝わっていた。

「ハハッ!大丈夫だって!アタシとライチさんはベテランなんだ。それに……」

マモリは未来の方を見て言った。

「アンタがリッカちゃんとの約束、守ってくれるんでしょ?」


「うん!」

ミライがリッカに手を差し伸べる。

「さあ、行こう!」

リッカを助ける約束、今こそ果たす時が来た。


「ありがとう……!」

リッカがミライの手を握る。震えは止まった。心の壁が薄くなり、開く。

「行くぞ!”深く潜り『夢』を探れ”」

ライチが呪文を唱える。四人の意識は薄れていく。


◆心理世界侵入◆


……四人が目覚めたのは、夕暮れの公園だった。

「あれ?ここって僕の……?」

「いや、よく見るんだ」

ミライはライチの言葉でとっさにあたりを見渡す。


ミライの心理世界とは違い、公園の遊具が真新しい。ベンチも見覚えがないものだ。おそらく、ミライの心理世界のそれよりも、そうとう昔のものなのだろう。明らかにミライの心理世界ではなく、リッカの心理世界だ。


「この公園、もしかして、ずっと昔の?」

「あ、ほら!あのグルグ回るやつ!昔よく遊んだんだよなー!」

マモリが指差す先には、回転遊具があった。

「あー、確かに言われてみれば、そんな気もしてきたかな……」


「ふむ、君達がそう言うのなら、どうやらそのようだね」

ライチはこの町に来てからまだ数年だ。昔のことはよくわからない。


「それで、私の呪いはいったいどこにいるのでしょう……?」

「ふーむ……」

ライチたちは周囲を見渡すが、それらしき黒い影は見えない。

「やはり、探し出す必要があるね。秘密を守る黒魔法だ。もっと奥深く、心の奥にいる可能性がある」


心理世界には階層がある。奥に行けば行くほど、その心理世界はより古く深い記憶となり、同時により強く侵入者を阻む。つまり、先に進むことが困難にある。奥に行くためには、そのための通路を見つけなければならないのだ。

「まずは奥への入り口探しだ。記憶の根源を辿りに行こう」


四人は周囲を見渡す。心理世界はそれほど広くない。運が良ければ近くに入口があるはずだ。

「あ!あれ!」

マモリが何かを見つけた。こういう時の直感は鋭い。


そこには、小さな女の子がいた。女の子はどこかに向かって走っていく。

「昔の私?」

リッカのその言葉にライチは大きく反応する。

「よし!あの子を追うんだ!小さい頃の記憶は深層心理へとつながっている。入り口にたどり着けるかもしれない!」

ライチの言葉に、四人は走り出す。


……そして四人は、マンションの一室の目の前にたどり着いた。

「ここ、覚えてる」

リッカが呟いた。

「ここ、昔の私の住んでいた場所だ」


「ふむ、ここが次の階層への入り口というわけだね。開けるよ?」

リッカが頷くと、ライチは扉を開けた。四人が光に包まれる。次の階層への移動が始まったのだ。


◆第二階層侵入◆


四人を包む光が晴れたとき、そこには牢獄があった。あの日、最初にリッカを助けた時の牢獄だ。

「リッカちゃん、何か思い出さないかい?」

ライチが問う。リッカは震えながらも、こう答えた。

「……ここは、怖い場所……怖い……」


「リッカ!大丈夫か!?」

「う、うん。平気…だ…よ……?」

リッカの震えは止まらず、精神状態は危うい。このままでは染戦では何もできまい。いや、先に進むことも困難なはずだ。


「ライチさん!これ以上先に進むのは無理です!」

「いや、その必要はない。アレを見るんだ」

ライチが見つめる先には、箒を構えた黒いローブの男が立っていた。


「あれが、呪い……」

「そうだとも。。目の前に目標がいるのだからね」

ライチの言葉に、マモリも身構える。

「ミライくん!リッカちゃんはアンタがしっかり守ってやんなよ!」


「うん……!」

ミライは力強く頷くと、リッカを庇うように立ちふさがり、カードを構えた。


◆染戦開戦◆


「気をつけるんだ!あいつはこの前戦ったやつより遥かに強い!」

ライチの言葉に嘘はなく、その存在感は遥かに大きい!その存在感が、ミライに向かって突撃する!


ミライはとっさに呪文を唱えようとする!

「”吹き出せ」

だが!黒ローブの男の一撃は遥かに早い!

「ぐああっ!!」

ミライは呪文を唱える前に大きく吹き飛ばされた!青色と橙色の魔力がほとばしり、心理空間に染み込んでいく。


「おいミライ!大丈夫か!?」

マモリの声に答えて、かろうじて立ち上がるミライ。

「な、なんとかね」

「なんとか、じゃねーよ!あいつは相当強い!動きを先読みして魔法を打つんだ!」

「わ、わかった……」

そう答えたミライだが、実のところ満身創痍だ。あと一撃喰らえば、もう後はないだろう。


ミライの後ろでは、まだリッカが震えている。彼女を置いて倒れる訳にはいかない。

「よし、来い!」

ミライが黒ローブ男を挑発する!


「ウゴオオオオッッッ!!!」

黒ローブ男は不気味な声を上げてミライに向かって再突撃!

「そうは行くかってのよ!」

マモリが間に立ちふさがり迎撃の構えを取る!


「ッッラアアアアッッ!!」

黒ローブ男はマモリの構えを悟ると箒を手に持ち、移動加速度をそのままにマモリに叩きつけに行った!だが!

「”殴打必中『爆発』燃焼!”」


マモリの呪文とともに拳が燃え上がり黒ローブ男に強烈な一撃!クロスカウンターがクリーンヒット!さらにマモリは力を込める!

「オラァッ!!」


マモリの”彩式クローマット”が開放され、『活性』の魔法が威力を倍増させる!

「ウガアッ!」

盛大に吹き飛ばされる黒ローブ男!赤、緑、青、紫の魔力が盛大にほとばしる!


「よし!いいぞマモリちゃん!」

「ミライ!今のうちに魔力を!」

「うん!」

ライチは緑と紫の魔力を、リッカは赤の魔力を、ミライは青の魔力を、それぞれ吸収する。これでミライもまだ戦える。


そして、この隙を逃すライチではない!

「”力よ『留まれ』世界にこぼれよ!”」

ライチが呪文を唱えて筆を揮うと、緑色の絵の具が黒ローブ男の周りに飛び散り、光を放つ。

「これで少しでも魔力を吸い出す!」


「ウガッ……ガアア……!」

黒ローブ男が苦しみ、黄色の魔力が放出される!だが、まだ黒ローブ男、すなわち黒魔法の呪いは消えない。


「今よ!ミライ!」

黄色の魔力を吸収しながらマモリが叫ぶ。

「うん!」


ミライは青いカードを取り出し呪文を唱える。

「”降り注ぎて覆い潰せ『水』!”」

青いカードが光り輝いて消え、黒ローブ男の上空かに滝が現れた。滝の水は苦しむローブ男に容赦なく襲いかかる!


「やった!」

思わず叫ぶマモリ!

「いや、まだだ!」

ライチが滝を指差し叫ぶ!


「キシャシャシャーッ!!」

滝から飛び出してきたのは黒ローブ男は地に降り立ち、箒を剣のように構える。するとどうか。なんと、箒が薙刀のように変化したではないか!


「おいおい……ここからが本番ってか?」

ライチの顔に冷や汗が流れる。

「じょーとーじゃないの!かかってきなさいよ!」

マモリは俄然やる気だ!

「ああ、来い!」

ミライも負けじと前に出る。


「シィィィハァァァ!」

黒ローブ男はマモリに向かって大ぶりに斬りかかる!

「”神経『解放』攻防一閃!”」

マモリが呪文を唱えカウンターの構え!


魔法が完璧に決まったマモリの目には、いまや黒ローブ男の動きはカタツムリのように遅く見えていた。

(うまく行った!)

マモリはそのまま黒ローブ男の腕を取り、合気道の要領で後ろに勢い良く投げ飛ばした!


「ア、アァァァァァッッッ!!!」

黒ローブ男は牢獄の壁に衝突!赤、黄、青の魔力を放出し、……そして消滅した。


◆染戦閉染◆


「ざっとこんなもんよね!」

マモリは手を払って得意げに誇る。

「やっぱりマモリはすごいや」

「ふふふ、そーでしょー!」


「あ、終わった……の……」

リッカの声に、ミライが答える。

「うん」

「ありがとう!」

緊張感が溶けて感情が爆発したリッカが、ミライに思わず抱きつく。

「あ、いや、その、全部マモリのおかげだったというか……なんというか……」


「喜ぶのは少し早いようだ」

ライチの声で、ミライたちは我に返る。リッカは恥ずかしくなってそそくさとミライから離れた。


「呪いを解いたことで、封印されていた記憶が解き放たれるはずなんだけど、どうやらまだ鍵があるようだ」

ライチが指差す先には、小さな金庫があった。牢獄に金庫、やや不自然ではあるが、心理世界では不自然はよくあることだ。


「この鍵を開ければ、呪いは完全に解除されるだろう。そのためには、ミライ君の『記憶』の魔法が必要だろう」

「でも、僕、さっきの魔法でもう魔力が……」

そう言うミライの手には、もはやカードは残っていない。身体も消滅寸前だ。


「それから、俺の魔力を使うといい。さっきの染戦じゃ殆ど使わなかったからね」

「アタシの魔力も使ってよ!リッカちゃんを救うのは、アンタなんだからさ!」


二人はミライに手をかざし、呪文を唱える。

「”魔力を与えよ『増やせ』力を”」

「”『磁力』吸引魔力譲渡”」

二人の魔力がミライに流れ込む。


「ありがとう!」

ミライはリッカの方を見る。

「それじゃあ、いくよ」

リッカはミライの目を見て答える。

「うん、お願い」


「”錠よ解かれよ放たれよ『記憶』”」

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