魔女の話

 拝啓、この手紙を見つけたあなたへ

 こんにちは。私は、魔女です。

 唐突で驚きましたか? 魔女なんて存在するか、誰かの悪戯だろう、と思いましたよね。でも、生憎、悪戯じゃありません。コーヒーを飲みながら、寝付けない夜更けに魔女が書いた手紙なんです。

 それとも、あなたは、魔女である私を憎みましたか?

 少しでも憎んでしまったのなら、それは正しいことです。どうか、私を嫌ってください。満足いくまで、罵ってください。

 そうでなくては、私が魔女である意味がありませんから。

                           敬具


   *


「今日は、冷えますね」

 一人の魔女が、呟いた。左頬側にある窓は、暖炉の柔らかい暖かさの室内と外の凍えるような冷たさで結露している。

 じっとりと重い夜更け。外は吹雪で白く汚され、木々が唸るように揺れていた。

「魔女様、暖炉に薪を足しましょうか?」

 暖炉の側で、舟を漕いでいた少年が眠たそうに目を擦りながら尋ねる。

「いえ、大丈夫ですよ。 それより、ペペロア。 こちらへ来なさい」

 眠たそうにしていた少年<ペペロア>の顔が、緊張で強張り、大切に握っていたタオルケットをより一層強く握りしめる。そして、いつも以上に優しい魔女へ怯えていた。

「なんでしょう?」

 足元で、だらしなく弛んでいたタオルケットを抱き寄せる。そのせいで、足が酷く冷えた。だが、震えるよりも先に魔女に抱き寄せられ、凍えと恐怖を忘れ、遠い昔に感じたことのある暖かさが胸を覆った。

「私は、あなたの母になれましたか?」

 魔女の胸は、柔らかく暖かい。暖炉やタオルケットとは違い、肌を虐めるようなごわつきもなく、焼けるような熱さもない。

 ただただ純粋で、汚れの知らない聖域のような場所だった。

「僕は、母を知りません。 でも、魔女様は、優しくて大好きです」

 ペペロアの声が、魔女に届いたかはわからない。ペペロアは、眠ってしまいたかった。体中の力が抜ける。それに抗うようにして、魔女へ強く抱き着く。でも、優しく頭を撫でられ、力が緩む。

 やはり、酷く吹雪いていた。ペペロアには、唸るような音が人間の喧騒に聞こえてならない。魔女を拒絶し、殺そうとするような危険な言葉だ。

 その後は、よく覚えていない。魔女のおとぎ話のような話を頭のずっと遠くで聞いていただけだ。

「眠りなさい。 あなたが、ここに居ては不幸になるだけです。 目を覚ましたとき、私のことは忘れなさい」

 魔女は、ペペロアをできるだけだけ奥の部屋のソファーに寝かした。そして、少しの魔法をかけた。

 きっと彼からしたらとても不幸な魔法なのだろう、と思う。

 その時、本を読んでいた大部屋から爆発音が聞こえ、それに続くように汚れた足音が響く。魔女は、最後にペペロアの額へキスをして、彼の眠りを邪魔する者たちの前へと現れた。

「おや、こんな時間に訪問者かい? お茶は、ハーブティーにしよう」

 大部屋には十数人の銃を構えた者たちがいた。その中の一人が、魔女へ銃口を向け叫ぶ。

「とぼけるな! お前が、この吹雪を起こしたんだろう! この吹雪のせいで、薬が届かないんだ! 悪魔め!」

 吹雪は、魔女のせいではない。だが、この村が不幸に陥ってしまったのは、直接的でないにしろ魔女にも責任がある。

 魔女なんて得体の知れない存在が、村の近くに住み始めたんだ。不幸や悲劇を全て魔女のせいにできる。小さな不幸が、酷く目立ってしまうんだ。

 すると、どうしようもない悲劇が怒りへと変わる。

「私のせいではない。 それに、私は、疫病がこの村まで届かぬよう、結界を張ろうと言ったじゃないか」

 事実だ。魔女には、少しだけ先の不幸を見る力がある。

 だが、見えた不幸を教えるのは外道だ。魔女は、嫌われ者の種族であるが、誰よりもを嫌う種族なのだ。

 先に言ったように、見えた不幸を教えれば、今のような事態を招く。

「黙れ! お前のせいで、ここにいる者たちの家族や恋人は死んだんだ!」

 この言葉を合図に、酷く滑稽な言葉が大部屋に蒔かれ、吹雪がそれを巻き上げる。

 一人の男が言った「魔女の死を神様に捧げよう」と。

 銃声が響いた。だが、魔女からすれば人間の作り出した文明など停滞しているようにしか思えない。それでも、魔女は避けようとはしなかった。


   *

 

 魔女は、嫌われることを嫌う種族だ。だが、好かれようとはしない。

 永遠の愛など存在しないと思っている。愛されてしまったのならば、いずれ嫌われる。だから、好かれようとはしないのだ。

 しかし、この魔女は人から愛されたいと思った。愛したいとさえ思ってしまった。これは、強欲なのだろうか。

 そんなことを思いながら、魔女は寝付けない夜に、コーヒーを飲みながら親を病気で亡くした少年を見て、一通の手紙を書いのだ。

 ただ、嫌われる自分を理想へと近づけるように。

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