サンタクロースの話

 鋭利な刃物のような風が、頬に吹き付ける。

 あまりの冷たさに立ち止まって、目を閉じた。コートのポケットに入れていた手を頬に当てる。じんわりと体温が手から頬へ移っていき、目を開ける。

 でも、冬はすぐに僕の頬から熱を奪っていき、温まっていた両手からも熱は消えていた。

開けた目の先には見渡す限りに広がる壮大な星空のような……いや、それは言い過ぎかもしれない。星空は、どこまでも潔癖で孤独でなくてはいけない。

 とにかく、僕の目の前には、星空のような鮮やかに輝くイルミネーションが広がっていた。そんなクリスマスの日だ。

 12月25日の街中は、どこに目をやっても<クリスマス>という一言で十分なくらい賑やかで、温かく、誰からも愛されてる。

 道を歩けば、サンタのコスプレをした誰かに「メリークリスマス」と声をかけられるし、子供たちはサンタクロースへ、自分のイタズラを悔い改めている。

 僕は、その一つ一つに「主役は、僕じゃない」と胸の奥で答えている。

 サンタクロースは、クリスマスの日に世界中の人から愛されていて、たった一つの存在に嫌われるのだ。

 なんで、そんなことを言うのかって……僕は、サンタクロースなんだ。嘘偽りない、正真正銘のサンタクロースさ。

 証明することはできない。一瞬にして世界中の子供たちの枕元や暖炉の前にプレゼントを配ることはできないし、僕は動物が嫌いだ。それに、赤と白のスーツに白髭を生やしたおじいさんなどという姿ではない。

 僕は20歳の青年で、ベージュのダッフルコートを着て、僕を嫌う人物に会うためにクリスマスの街中を歩いている。

 クリスマスが愛されて、サンタクロースが冬の主役だということは分かっている。だけど、それは全部、雪の降る夜に赤と白のスーツを着たおじさんが、トナカイの引いたソリで夜空を飛んでいる、という夢が愛されているわけで、ダッフルコートを着たサンタクロースは愛されない。

 実際の所、僕は、嫌われている。だから、僕が、まだ愛されていることを確認するのに、わざと幻想ばかりの街中を歩いているのだ。

 でも、それも、もう終わりだ。クリスマスの過剰な喧騒は徐々に薄れていき、やがてプツリと途切れた。

 後ろを振り返れば色鮮やかな喧騒がある。まだ、あの中に居たいと思ったが、クリスマスにサンタを嫌う誰かと過ごすのは、毎年の決まり事だ。

 僕は「メリークリスマス」と告げて、ボロボロのアパートに向かった。

 そこに、サンタクロースである僕を嫌う一つの星が待っている。


 錆びついた鉄筋の階段を上がるとカツンカツンと冷たい音が鳴り、そのたびに、気温が下がっている気がする。

 思わずくしゃみをして、鼻を啜った。そして、二階の角部屋で、クリスマスとは思えないほど寡黙な扉のチャイムを押した。だが、音はならない。

 僕は、ため息をついた。毎年、サンタを嫌う星と会っているというのに、毎回このチャイムが壊れているのを忘れる。もう一度、チャイムを鳴らしてみるが、くうを押すだけの虚しい感触だけで音はならない。

 また、ため息をついて扉をノックした。だけど、星が出てくる気配はない。

 まぁ、これも慣れたものだ。僕は、扉の左側の壁にもたれかかって、煙草に火をつける。もう一度言うが、僕は、正真正銘のサンタクロースだ。

 口の中に広がるヤニの臭いは、いつだって僕の慰めになる。沈黙する真っ暗な夜空に向けて、煙を吐いた。ゆらゆらと頭上を漂って、目に見えない冬の風に吹かれ消えてしまう。

 それと同じくらいのタイミングで扉が開いた。

「ごめん……寝てた」

 黒のスウェットで、寝起きの目を細めながら、ボサボサの髪で出迎えてくれたのが、サンタを嫌う星だ。いつもなら、世界中の人に愛される美しい女性なのに、クリスマスだけ彼女は忘れられ、それをいいことにだらしなくなる。

「メリークリスマス」

 言い忘れていたが、サンタクロースである僕が嫌われていても、僕は彼女が好きだ。恋愛感情ではなく、友達として、世界中の人に幸福を与える理想であり続ける友として大好きだ。

 僕は、まだ寝ぼけている彼女に濃いめのコーヒーを入れてやり、冷蔵庫の中の材料で鍋を作った。そして、彼女が用意した安い缶チューハイとビールで、サンタクロースと星が、クリスマスの幸福についての話をする。

「悪いね、毎年鍋作ってもらって」

「場所とお酒を用意してもらってるんだ。 それに、僕はサンタクロース、プレゼントだと思ってよ」

 星は、鼻で笑い、缶チューハイを開ける。

「私は、サンタが嫌いなんだよ。 どうして、クリスマスになるとみんな、私達を忘れるんだ。 流れ星だっていってたぞ『マジで、願い事とか叶えねぇ』って」

「いいじゃないか。 僕は、一日しか子供たちを幸福にしてあげられないけど、君は、いくらだってチャンスがある。 僕は、あと数時間以内に、世界中の子供たちが幸福になってもらわなきゃいけない」

「織姫と彦星だって、幸福になるのに一日だろ? 平等だ」

「いいや。 彼らは、神様を怒らせるくらいの罪を犯したんだろ? それに、七夕に幸せになるのは、彼らだけでいい、たった二人だけなら一日で十分だ」

 テーブルの上でぐつぐつと煮えていた鍋が、食べごろになる。僕は、星の分と自分の分を取り分けて、二人で「いただきます」と具材を口に運んだ。

 とても、幸せな味だ。クリスマスなのだから、チキンとかケーキとかの方が合うのだろうけど、僕たちは鍋と安いお酒が丁度いい。

 クリスマスの当事者までもが、幸せになる必要はない。

 お互いに、程よく酔いが回り体が火照る。だから、僕たちは、窓際で窓を開けて煙草を吸う。

 そして、早く明日が来ることを願う星とあと数時間で世界中の子供たちを幸福にしなくてはいけないサンタクロースが、幸福とは程遠い表情で、笑い合う。

「クリスマスって、どうして晴れてちゃいけないんだよ。 クリスマスの星空はロマンチックだろ」

「それもいいけど、世界中の子供たちにプレゼントを配れない僕は、もっと効率的に幸せを配りたい」

 星は、煙草を半分ほど残して、灰皿に擦り付けた。

「もしも、クリスマスに曇りが必要なかったら、私とお前は仲良くなれたよな」

「どうだろうね。 でも、鍋とお酒で過ごすような関係にはなれないよ」

 僕は、真っ暗な夜空を見上げながら「そろそろいいかな?」と星に問う。

 星は、「いいよ、早く済ませて、コンビニ行こう」と答えた。

 残り少ない煙草を吸って、煙を星のない曇りの夜空に吐き出した。別に、これが魔法という訳ではない。

 ただ、クリスマスに雪を降らせるサンタクロースが、煙を使ったら理想的だ、というだけだ。

「さ、行こう。 明日は、積もるよ」

「私は、サンタクロースが嫌いだ」

 僕と星は、刺すように冷える冬の外で、肩を寄せ合いながらコンビニへ向かった。星が、全く出ていない曇りの夜空からは、ハラリハラリと雪が降り出した。

「ほら、ホワイトクリスマスって、星空より幸福だと思わない?」

「さぁ、どうだかね」

 

 クリスマスに夜空を飾れない星は、雪を降らすサンタクロースを嫌っている。

 僕たちの関係は、それが最高だった。

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