No.10 【再録】好きなものを食べるという行為について
あの日、私が寿司を選んだのには大した理由はありません。あえて理由を付けるなら二つほど。
一つは、しばらく前まで某有名寿司チェーンでバイトをしていたから。……ああ、そこです。ラーメンが美味いとこ。
もう一つは、非常に単純で。私は寿司が好きなんです。
まあ、色んな意味で私にとって寿司は特に身近な食べ物と言えますね。……ああ、貴方も寿司好きでしたか。だけど、貴方や他の寿司好きとは違って、私が好きだったのは寿司の在り方です。素材本来の姿、生の状態を手ずから握り、咀嚼し飲み込む。まるでありのままの心情を曝け出すような。……確かに生じゃない場合もありますね。炙りとか。それはそれで嫌いではないですよ。食べる分には美味しいですから。
……バイト先の寿司はちょっとね。あれは機械でシャリ固めてネタを乗っけただけですから。味気ないというか、真心がないというか。
ああ、話がそれましたね。とにかく私は寿司で彼女へ愛を伝えたかったんです。彼女も寿司の味の方が好きだったクチですけど、私の寿司好きについても理解を示してくれていましたし。
あの日は彼女のアパートにいて、握り寿司を作ることにしたんです。……何故って、言ったじゃないですか。私は寿司が好きだって。好きなものを好きな人と食べたかったんですよ。
酢飯を用意して、次にネタに取りかかりました。新鮮なうちに頭を落として、こうやって三枚おろしにして……捨てるところなんかありませんよ。残さず使い切らなくちゃ。肝醤油にしたり、あら汁にしたりね。
素人なので上手く握れませんでしたが、彼女のためを思って心を込めて握った甲斐あって、まあまあの出来になりましたよ。そもそも素材が良かったですし。
噛めば噛むほど素材そのままの味が口一杯に広がって。彼女の口に入れてあげたら、あまりの美味しさに言葉を失っているようでした。
あの日について、私からは以上です。
他に何か質問はありますか、刑事さん?
◆
以前、寿司コンに出したものを加筆修正しました。
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