→7:00

 倉科さんの匂いがする。


 大好きな匂い。


 ずーっとずーっと、嗅いでいたいなぁ。




「いいよ」



 急に覚醒した頭。


 見開いた目に飛び込んできたのは、彼の部屋着のグレー色と彼の胸にしがみついている私の両手。



「……く!倉科さん、い、今の!」


「おはよ」



 見上げると、目尻にシワを寄せて微笑む彼がそこにいた。



「今の、声に出てたよ」


「……えー!?」



 くすくす笑う彼は、からかうように私の頭を引き寄せ言った。



「もっと嗅いでいいよ?」



 恥ずかしくて堪らないけれど、彼の胸の中で、だんだんはっきりしてくる記憶。



「……もしかして私……途中で寝ちゃいました……?」


「快人が酒勧めすぎなんだよ。ごめんな」



 そう言って、彼は私の頬を撫でた。



「べ、べたべたしてるから触らない方が!!」



 メイクも落とさず寝てしまったから……だから咄嗟に彼の手を離そうとした。

 彼の部屋着にもファンデーションを付けてしまったかもしれない。

 私は慌てて彼の胸元を確認した。



「……ごめんなさい」



 彼の服にうっすらと移ったお化粧の汚れ。

 もう遅いのに咄嗟に体を離そうとした。



「……やーだ」



 すぐに背中に回された彼の両腕。

 首を横にふり、唇を尖らせて駄々をこねる彼の仕草。



「……倉科さん?」



 いつもより何だかとても可愛い彼。

 ただ純粋に、なぜだろうと思った。



「ねぇ、紗良」



 頭の上で響く声。

 少し低くて優しい声。


『……やっぱり好きだなぁ』


 ――そう思ったちょうどその時。



「俺の声が一番好きなんだよね?」



 へ?!



「顔も、手も、背中も。あぁ、あと、匂いも」



 え?!



 えぇ?!



「……倉科さん……もしかして私……。さっきの寝言だけじゃなくて……」



 そっと見上げた彼の顔。

 目に映る彼は、それはそれは嬉しそうに微笑む。



「快人も充も『ごちそうさま』って言ってたよ」


「えぇー」


「紗良を酔わすのもたまにはいいかも?」


「倉科さんっ!」



 恥ずかしくて、小さく小さくなった私を彼はすっぽり包む。


 彼の家族の前で私はどこまで口に出したのか全く覚えていない。

 次に会う時どうしよう。

 そんな心配事が新たに出来てしまった。



 ――でも――



「……俺も好きだよ。紗良の声も、目も、もちろん匂いもね」



 やっぱり彼と過ごす週末は、甘くてくすぐったい特別な週末……でしたとさ♪

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就業時間のそのあとも。 嘉田 まりこ @MARIKO

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