→24:00

 玄関モニターに向かって項垂れる彼を見て、何が起きたのかと思った。



「……紗良。ごめん」



 頭を抱えて玄関先から戻って来た彼。


 ――と。


「会いたかったよー!!!紗良ちゃんっ!!!」

「……ちわっ」



 彼の後ろから現れた二つの顔。



「ごめんね!突然!」


 ――と、右から現れたその人も、


「お邪魔しまーす」


 ――と、左から現れたその人も、



「く、倉科さん……も、もしかして……」


 彼は照れくさそうに、いや、少し面倒くさそうに口を開く。


「……兄貴の快人かいとと弟のみつる


「か、カイトさん!と……ミツルさん!あの、あ……麻生 紗良です!お邪魔してますっっ!!」


 慌てて立ち上がり頭を下げた私を見て快人さんが豪快に笑う。笑い皺が出来た時の目元が倉科さんとそっくりだった。


「……兄貴、また義姉ねぇさんとケンカしたんだろ」


 倉科さんより4つ年上で、同い年の奥さんと一歳になる娘さんがいるらしい。倉科さんが『叔父さん』だなんてちっとも知らなかった。


「……っこら!お前っ!」


 マイペースに冷蔵庫を開けて倉科さんから注意されたのは弟の充さん。

 スポーツ刈りの頭と日に焼けた肌。

 高校の制服と肩から下げたスポーツバック。



『充さんの方が倉科さんに似てる!!』



 身長もほとんど変わらないからか、高校生の倉科さんを見てるみたいだ。


『なんか……いいっ!!』


 そう、一人勝手に興奮していると、


「紗良さん、これ食ってもいいすか?」


 私の目の前に置いてあったチョコレートを指差して彼は聞いた。


「もちろん!充さん甘いの好きなの?」

「ん。部活あとだと甘いもん食いたくなるから。……あー、あと!充でいいっすよ。俺の方が年下だし」


 彼はそう微笑むと、床にバックを置き胡座をかいた。その笑った顔も、端から端まで倉科さんそのもので。

 私は本人がいるのを忘れて、完全にときめいていたかもしれない。



 いつもと違うその週末。



 倉科さんと、快人さんと、充くん。



 どこに目を向けてもドキドキしてしまう。


 お兄さんに呆れる彼も――

 充くんにからかわれる彼も――


 私にとって、どれもこれも初めて見る彼の姿で……なんだか、いつもとは別の意味でかなり特別な夜になった。



 ***



 彼のお兄さんと弟さんがやってきてから、あっという間に二時間が経った。

 お酒が入ったせいなのか、快人さんは倉科さんの昔話をいくつも教えてくれた。


「紗良ちゃん、紗良ちゃん!これ聞いたことある?あいつね……」


「快人!余計なことばっかり話すな!」


「紗良さん、奏兄はねー」


「こら!充、お前も!」



 キッチンから慌てて彼が戻ってくる。



「……それに、快人は紗良に飲ませ過ぎ!」


「紗良ちゃん飲める子だから楽しいんだもーん!いいじゃんいいじゃん、楽しいよね、ねー!?」


「いえーい!!」



 身体中がほんわか温かいし、気分もいい。



「……紗良、ほら一回こっち飲んで」



 渡された烏龍茶。

 手についた水滴が冷たくて気持ち良かった。


 快人さんの声と、充さんの声。

 そして倉科さんの声。


 ぼんやりした耳で聞き分ける。


 三人とも低めの優しい声。

 柔らかい話し方。

 素敵な兄弟。



「……紗良ちゃん?」



 ――うん。



「……紗良さん?」



 ――うんうん。



「……紗良?」



 ――うん、うんうん!



 本当に全員素敵。



 ……でも。



 ……それでも私。



 …………やっぱり、倉科さんの声が一番好きだなぁ。

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