「お兄さん、頭を撫でて話を誤魔化すとは……ジゴロですな?」

 お兄さんのマッサージを受けて、数分。

 感想は「気持ちいい、時々痛い」。でも「痛い」というのは効いてるということなのかも、と口には出してない。

 

「痛くないか?」

「大丈夫」


 肩こりがひどいからって整骨院行ったときあったけど、結局バイト忙しくて長続きしなかった。今もほとんど行ってない。

だから久しぶりにマッサージされるこの感覚は、何とも言えない気持ち良さがある。今私はとてもだらしない顔をしているに違いない。


「あ~、そこそこ~」

「おばさんか」


 言われると思ったけど、この声を出さずにはいられなかったのだ。

 本当に気持ちいい、整体師さんにしてもらうよりずっと気持ちよかった。


「いや気持ち良くて」

「そうか、終わり」


 ぱっと肩からお兄さんの手が離れる。久しぶりに動いた肩及び首あたりが、じんわりと温かい。


「ありがとー」


 しかしお兄さんは謎だ。昼間普通に動いてるし、今カーテンは閉めてあるけど。ご飯作れるし、マッサージもできる。

 ただの吸血鬼じゃない、と思う。いや普通の吸血鬼に私は会ったことがないけど。

 その点をお兄さんに指摘すると、


「ただの吸血鬼だ」


 なんて返ってきた。絶対嘘だ、と返すと頭をぐしゃぐしゃ撫でられて誤魔化される。不覚にもときめいてしまったが、そんなことよりと、私の勘が、ピーンときた。


「お兄さん、頭を撫でて話を誤魔化すとは……ジゴロですな?」

「誰がジゴロだ。昔回ってた地域の子供によく使ってただけだ」

「子供……あ、お兄さん俗にいうロリコン?」

「断じて違う」


 ちょっと声のトーンが低かったので、本当に怒っているし、本当に違うのだろう。

 というか、240歳にしてみれば私も十分子供なのでは……いいや考えるのはやめよう。


「シャワー浴びて来よう。お兄さんは、もう血も飲んだしお礼もしてもらったし、等価交換成立だからもう旅に出るのかな?」


 と思ってたらお兄さんは、ゆっくりと寝転がった。

 どうやら寝るつもりらしい。吸血鬼自由だな。

 疲れたのだろうと解釈し、私は箪笥から下着類を取り出して、バスルームへと向かった。

 

「あ」


 脱衣所の代わりになっている洗面所で、服を脱ぐと右腕に包帯が巻いてあることに気づいた。

 多分お兄さんが血を吸った後に、治療を施してくれたんだろう。優しいというか、律儀な吸血鬼さんだ。


 あのお兄さんは、何故倒れていたんだろう。そういえば聞くのを忘れていた。

 確か吸血鬼というやつは催眠術みたいなものが使えて、人間を思い通りにするなんて簡単なはずだ。

 それでもお兄さんはしなかった。でも倒れていたのは演技で、誰かが通りがかって声をかけるのを待っていた。

 何故? わからない。それでもまぁいいかと思った。私が声をかけて血を吸われ、朝ご飯を食べて、マッサージをしてもらった。それ以外の事実はないのだし。


 髪についたシャンプーを流し、蛇口をひねって水を止めた。 

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