「私はイギリスという国が好きです! 行ったことないけど!」

 朝、というと語弊のある時間帯、11時半くらいに目を覚ました。

 これでも早めに起きた方だったりする。いつもはあと二時間は遅い。

 多分目が覚めた理由は、床で寝たからだと思う。体を起こすと頭がかなり重いことに気づいた。


「目が覚めたか、お嬢さん」


 金髪のイケメンが家にいた。キッチンとリビングを隔てるドアからひょっこりと顔を出している。

 この人は、誰。

 叫びそうになる前に、頭を回転させて記憶を呼び戻す。

 えーっと、時間的には今日、血を吸われかけて、家に連れてきた人が、多分目の前の金髪さんだ。


「吸血鬼、のお兄さん」


 に、血を吸われた私。

 なるほど、今私は圧倒的に血が足りてない。献血した後みたいなものか。


「そうだ。朝食食べるか」

「食べる、食べます」

「別に敬語じゃなくていい」


 朝食というのはなんだろうと思ったら、電子レンジに何かを入れる音がする。

 それから私の前に置かれたのは、鉄分接種の為の栄養ドリンクが入った小瓶だった。

 この間生理痛の時にしこたま買ったもののあまりだ。これを飲んだからって、即効血ができるわけではないけど、まぁいいか。ありがたくいただこう。

 小瓶を開けて中の液体を口の中に流し込む、プルーンな味。飲み干して、瓶をテーブルに置くと、レンジからあたためが終了した音がして、皿がこちらへと持ってこられた。


 ベーコンエッグと焼かれた食パン。


「目玉焼きにはしょうゆな人間か?」

「いえ、塩コショウ派です」

「そうか」


 頼んでジャムを持ってきてもらって、お箸で目玉焼きをつつく。

 ジャムと一緒にコーヒーも持ってこられた。この吸血鬼、できる。


「改めて、お嬢さん。血の提供どうもありがとう」

「いえいえ、こちらこそ朝食を作ってくださってありがとう」

「どういたしまして。それ食べ終わったら、マッサージしてやる」

「血のめぐりがよくなる?」

「肩こり解消が先だ」


 ああ、なるほどマッサージ。

 なんだって?

 お兄さん昨晩(と言っても今日の深夜だけど)私に男の人を家に上げるのはダメだと。いやこの人(人?)が言ってたのは、倒れてるからって家に上げるのはという話で、今全快なんだっけ、あれ?

 思考回路が回らなくなってきた。


「別に、下心とかそういう物はないから安心しろ」

「そうですか」


 心を読まれた。

 吸血鬼って心を読めるんだっけ。

 なんて思いながら、目玉焼きを食べた。

 深夜三時まで働いてたし、帰ってきてから適当に何かつまんで空腹をしのごうと思っていた私には目玉焼きさえも身に染みる。パンもサクサクもちもちでうまい。

 人が作ってくれたご飯っておいしいよね。


「おいしい」

「いや、普通に焼いただけだが」

「そうなんだけどね、こう、起きた瞬間ご飯が目の前に並ぶという状況がおいしさをかきたてる的な」

「そうか」


 あ、笑った。やっぱり美形の微笑は破壊力という物が凄まじい。

 見れば見るほど、お兄さんはイケメンだった。金髪は長く項のあたりで一つに結ばれていて、手入れは多分行き届いてない毛先部分は結ばれて、正面からは見えないようになってるから、イケメンであることしか見えない。目はルビーみたいな赤色、輪郭もすっとしている。コスプレしたら人気でそう。外人さんのコスプレって人気が高いと聞いた気がする……、あれ、外人さん?

 自分の中で「外人」と彼を定義付けるのに違和感があった。それは多分、お兄さんの日本語があまりにも流暢だったから。


 

「お兄さんは日本語上手だね」


 

「10年は日本にいたからな」

「お兄さんいくつなの」


 お兄さんの見た目は20代中盤といったところ。私よりも少し上かなっていうくらい。

 ただ、お兄さんは吸血鬼。実際年齢は絶対20代とかじゃない、はず。


「200……アメリカの独立戦争って何年前だ」

「えっと、240年くらい前? お兄さんそんな時に生まれたの?」

「好きでそんなときに生まれたんじゃない」


 まぁ、それはそうか。

 

「っていうかお兄さん日本に来るまでどこにいたの? 出身は?」

「出身はイギリス」


 イギリス、だと。

 私をときめかせるワードの内トップクラスに入るその言葉に、私は前のめりになってお兄さんに尋ねる。


「ちょっと待ってお兄さん」

「何だ?」

「イギリスのどこ? イングランドか北アイルランドか、スコットランドか、ウェールズのどこかで私のテンションが変わってくるんだけど」


 何を隠そう私はオタクだ。アニメオタクというやつ。

 リビングなどからも多分見て取れるけど、他人は絶対上がらせないロフトの上は更に「オタクの部屋」が出来上がっている。具体的に言うと、肌色のポスターが貼っていたり、薄い本とかが大量にしまわれていたりとか。

 好きなアニメの登場人物がイギリス出身で「イギリス」と聞くと無条件にテンションが上がり、ユニオンフラッグを見てはその雑貨を買い、大学の学科もそのために英語学科を志望したくらいの人間です。ええ。


「イングランド」

「キタコレ!!」

 

 私は、机の下でガッツポーズをした。

 イギリス出身の人に会ってみたかった。しかも日本語で会話ができるとは最高だ。


「日本人は外国が好きだな」

「私はイギリスという国が好きです! 行ったことないけど!」

「ないのか」


 ないのにイギリスが好きっていうのもおかしな話ではあるんだけどね。

 だから私のイギリスは妄想のものではある、という自覚はある。


「というか食べ終わっただろ、マッサージするぞ」

「はぁーい」

「お前俺がイギリス出身と知ってから態度変わってないか?」

「そんなことある!」

「あるのか」


 呼称が「お嬢さん」から「お前」に変化した。

 オタクという部分で引かれたのかもしれないけど別に気にしないでおこう。

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