「吸血鬼よりはすごくないと思うよ」

 それから2時間ほど、私がアニメ鑑賞をしてても、キッチンでインスタントラーメンを作っても起きることなく、お兄さんは眠っていた。バイトの出勤時間になったので、どうしたものかと思いながらも、一応「合い鍵を置いていきます、出かけるときは鍵を閉めて、ポストにでも入れておいてもらえればいいです」と置手紙しておいた。


 「ポストに入れておいてほしい」と書いたのは、彼が旅に出ると思っていたから。私の読む漫画とか、見るアニメの吸血鬼は大抵人間に執着しない。いや、あるアニメの登場人物を吸血鬼にしてっていうものだったら、全然相手に執着するんだけど、その相手に執着するのであって人間にじゃない。


 人間から血をもらったからって朝ご飯作ったり、マッサージした彼は多分吸血鬼の中でも律儀な方なんだと思う。だから昨晩お兄さんにあげた血の対価はもうもらってあると言ってもいいし、彼がそう思ってもいい。等価交換は成立したんだから、人間の家にとどまる理由はないだろう。



 とか、そんなことを考えながらバイトをして、「暇だから」と早上がりさせられて、コンビニで惣菜のレバニラを買って家に帰った。時刻にして12時。


 鍵は開いてなかった。


 ああ出て行ったんだと思って、ドアを開けて、ポストを開ける。

 そこには郵便物以外何も入っていなかった。


「え?」


 鍵が開いてないなら、合い鍵はポストの中にあるはず。なのにない。ただ単に出かけた? そんな馬鹿な。ポストに入れるのを忘れた、それはあるかもしれない。と考えたとき、ドアの開く音がした。

 玄関のドアじゃなくて、お風呂場の。


 泥棒じゃないのは、なんとなくわかった。


 洗面所の扉をノックする。


「お兄さん?」

「ああ、おかえり」


 「おかえり」じゃなくて!


「何でいるの? でてったんじゃないの!?」

「とりあえず、服を着させろ寒い」


 ああ、うん。そうですよね。寒いよねお風呂上がりだもんね、人の家のお風呂勝手に使うなって文句言いたいけどいいよ別に! 

 

 レンジにレバニラを入れてスイッチを押す、出来上がるまでに冷凍庫から冷凍ご飯を取り出す。

 やっぱり惣菜にはご飯がないとねー、あー、お味噌汁買ってこればよかったな。そういえば、お兄さんの分のご飯買ってくるの忘れた。あ、いや血でよかったんだっけ? 


「おかえり」


 昨日と全く同じ服装、白いYシャツの上に黒のパーカーとジーンズを履いてる。多分手ぶらだったから、着替えもないんだろう。


「ただいま」


 久しぶりにその言葉を、自分以外の存在に対して呟いた。

 いつもは、部屋に響くだけの言葉。昨日と同じく胸がときめく。


「お前どこに行ってたんだ?」

「バイトに」

「バイト……お前何歳だ?」

「23歳」

「……」

「もっと幼いと思ってたでしょ?」


 私の身長は153センチという小ささだ。あとは顔も少しだけ幼い。

 身分証明書は手放せないし、コンビニでお酒、煙草を買おうとすると「OK」ボタンを押すだけでは買わせてくれない。バイト先の高校生と身長は変わらないので、洋服の交換ができる。あと5年もしたら妹とも服の交換ができるのかもしれない。


「すまない」

「慣れてるからいいよ」


 レンジから電子音が放たれる。

 レバニラを取り出すと、お兄さんが顔をしかめた。あんまり好きではない匂いみたいだ。お兄さんのせいで鉄分が不足しているのだから、我慢してほしいところではある。

 冷凍ご飯もレンジで温めて、茶碗に盛る。今日の晩御飯完成だ。

 我ながら女子力の低さを考えさせられる食事に手を付けながら、隣に座るお兄さんに視線だけを向ける。


「で、なんでまだいるの?」

「なんとなく、な」

「いつまでいる?」


 期間の長さによっては、大家さんに事情を説明しなければいけない。


「いつまでいていい?」


 質問を質問で返すな、と言いたいけど。お兄さんにはその言葉しか出てこなかったんだろう。私だって逆の立場だったらそう聞いてる。そして待ってる答えは「今すぐ出て行って」だ。

 でも私は、そうは言わなかった。


「好きなだけいれば?」


 レバーを口に運ぶ。最近のコンビニ惣菜というのも馬鹿にできない。普通においしい。カロリー計算もされていたりするのだから、世の中便利になったものだ。


「お嬢さん、自分の危険性を考えてないのか?」

「考えてないね」

「少しは考えろ」

「昨日殺される可能性もあった。それ以前に、死にかけた経験もある。今更異性に襲われる程度でビビらない」

「はっ!?」


 これは本当だ。

 異性に襲われる程度は怖くない。さすがに死ぬのは少しだけ怖いけど、ほんの少しだけだ。それにまぁ前提として、お兄さんの質問は間違いだ。


「そんな度胸もないのに、まず吸血鬼を家に上げない」


 そう。死ぬかもしれない。そんな恐怖はあった。

 けど、目の前の人(人じゃなかったけど)が死ぬ方が嫌だと思った。

 だから私は彼を助けた。


 お兄さんは、頭を抱えていた。

 呆れているような、感嘆するようなため息をついて、顔を上げる。


「お前はすごいな」

「吸血鬼よりはすごくないと思うよ」

「いや、十分すごい」


 お兄さんは笑っていた。

 笑って、それから「よし」と、テーブルにあった真っ白なメモ帳とペンを持って、書き始めた。


「俺は、この家の家事をお前がバイトに行ってる間にやっておく。お前は俺に血の提供をして、俺をここに住まわせる」

「マッサージも追加して」

「OK」


 条件が紙に書かれていく。

 日本語だった。


「これでいいか?」

「いいよ」


 こうして私と、吸血鬼のお兄さんの契約は成立した。

 奇妙な共同生活がこれから始まる。

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