第31話エピローグ~安息の地~

 プリダニエ――伝説の地。一部では永の都とも呼ばれる、魂の最終地点。

 その実態は誰も知らない。なぜなら、たどり着いたものは二度と戻ってはこないからだ。死の国とも呼ばれている。

 プリンセス・ファータの統括する所領地、とだけつけ加えておく。

 彼らが別れの地に選んだのは砂漠の中のオアシスだった。

『ここから、元の世界に戻ろうなんてのは、そなたらくらいだそうだ』

 乙女の姿になったリザが、今、風になびく髪を抑えながら言う。

「いいじゃないか、しなきゃならないことが沢山ある。ルナが生きていることを、民に知らせなくちゃな」

 ふいにリザの口角がすっと上がった。

『剣士は、そのルナと一緒だと、口調がやわらかくなるな』

「え? そうかい?」

 笑いが起こる。森の子りすたちが跳ねまわっては興味深そうに立ち止まって、こちらを見ている。

 ルナがそっといたわるように言った。

「リザ、あなたも大変でしたね」

 リザはすぐ顔をあげて、クラインの方を見た。

「彼女はなぜわたくしの名を知っているのか?」

 クラインが笑みつつ、なんでもないように言った。

「そういう方なんだ」

『そうか、わからない……そうだ剣士、バルダーナがな……』

 いいさすリザに、ファータ姫が首を横に振る。

 紛れもない御光がかすかに瞬く。リザは首をかしげて振り向いた。

『え? ファータ姫……』

「バルダーナがどうした?」

 リザは黙って、掌で示した。

 クラインは一時、ルナのもとを離れ、森へ入っていく。

 ヤブをかきわけたとき、泉のほとりでうつむいている乙女が見えた。白い薄絹を着て花冠をしている。

「あ、あのう。女の子を見かけませんでしたか? いや、あの。男の子にも見えるんですけど、キンポウゲ色の髪をしていて……あ、いや。でもターバンをしていてわからないんですが」

 乙女は震えて、身をかがめるではないか。

「あ、あの。どうかしたんですか?」

『……ばか』

 乙女はすっくと立ち上がり、クラインの方を見た。

 涙目でおかしそうに肩を震わせている。毛先が軽く波打ったキンポウゲの髪が乙女の肩先で揺れていた。

 クラインはそのまばゆさに圧倒されて、一歩退く。

 琥珀の肌をして、金色の瞳をした「乙女」が、なつかしい笑顔で彼を見つめている。

『都じゃ、そんな気取った話し方してんのか。拍子抜けだ、剣士』

「剣士って、オレのことをそんな風に呼ぶのは、リザと、あと……」

『そうさ! オレだよ、剣士』

「バルダーナ! おどろいたな! 耳は? ちゃんとある! よかったなあ!」

『どうだ、ちゃんと女だろう?……でも』

 彼女はもじもじと衣のひだを細い指先で直した。

「どうしたんだ、その格好。華やかでパーティーにでも出るみたいだ」

 ぱあっと花が咲いたように、バルダーナの頬が色づく。そのほほえみは愛しい人にだけ見せるやさしい顔。

『ありがと! ちゃんと認めてくれて。いつでも最初にオレを見てくれるのは剣士だったな。いつでも……』

「……湿っぽいのは、ナシだぜ」

 クラインが歯を見せて笑う。

『わかってるよ! さよならだあ』

「わすれないぜ、おまえのこと!」

 二人、笑い合い、そして触れることのない指先が別離に震えた。


     ×   ×   ×


『好き、だなんて言わなきゃよかった……剣士』

 バルダーナはしなやかな肢体を泉に浸して、一気に潜る。

(あんたが見てるのはルナってひとだけなんだな……)

 彼女は泉に身をのべて、きらきらとこぼれ落ちる木漏れ日に目を細める。花冠は岸に打ち上げられて、前髪の張りついたきれいな額に、頬に、泉のしずくが弾けた。

『あんな綺麗なひと、見たことないや……しあわせにな! 剣士……名前、なんてったっけ? まあ、いいや。今度、ファータ姫の望遠鏡でのぞき見させてもらうからさ!』


 バルダーナが青銀の癒し手のリザと共に、黄金の騎士として、プリンセス・ファータを守ることになるのはのちのお話。


    ×   ×   ×


「さあ、ゆきましょう。クライン」

「ああ! ルナ……」

 二人は静かに、光の道を歩いていった。

 時はことさらゆるやかに流れたが、二人にとってはこれが再びの逢瀬。

 輝く満月が、さらさらと流れる水面に光を映しだしていた。


     ☆☆☆ハッピー・エンド☆☆☆

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