第29話光の神殿
光をうけつけないはずの、夕闇の神殿、その地下神殿にまで朝の日が差しこんでいる。
プリンセス・ファータが神殿の上層部にかかっていた呪力を解放したからだ。
この神殿は呪われていたのだ。
そして、その救い主たらんと降臨したその姿は、限りなく内側から発光している、常人には顔も見えない、プリンセス・ファータ。
発光体のファータ姫は、光の変化を楽しみ、好む。
だから、魔法陣の上に降り立つ彼女は虹色に変化しながら言葉を発する。
その場にいた全員がぽかんとしていると、おかしそうな笑いがする。
「リザ、見ていましたよ。あなたの力がこの神殿の呪力を凌駕し、亡者と化した人々までも救ったことを」
「救ったなどと思ってはおりませんが、あなたはどなたなのです? その光は……?」
「ふふ、リザ。あなたを踏みにじろうとする敵までも、癒してしまうその膨大な力の源はなんです」
「答えなくてはなりませんか?」
「いいえ。あまりにも感心したので、わたくしが聞いてみたかっただけよ。わたくしはファータ。そんなに、緊張をしないで。あなたが優しいのはもう知っていますよ」
リザが恐れるように、かたくなに言い、押し黙ろうとするのを、ファータはとろかすように優しい声音で包みこむ。
リザは姿勢を正すかのように、胸を張った。
「わたくしはエインシェントエルフのはしくれ。しかしあなたはそれ以上の存在なのでは?」
「あなたの誇りは、他者を救うことで満たされる、違いますか?」
クラインたちははっとしてリザを見た。
「もう一度聞きます。わたくしはその問いに答えなくてはならないのですか?」
「あなたほど、他の苦しみを知る者はない。それでいて悪霊と同化することもない。あなたはその身に清廉な力を宿し、コントロールしている。そして……」
ファータ姫はメリを見た。
メリはまだ、あまりの変化に、ほうけたような顔をしている。
「メリ、わたくしはあなたを迎えに来たのです。乙女の姿でありながら、少女の心を宿した、あなたを」
「前に、古書店で見た本は、本当だったんだ……夢じゃあなかったのね」
「メリ、あなたから奪われた成長過程における学びを、よりよく世界を見るための知識を、わたくしが与えましょう」
「どうして……どうしてそんなことを……?」
ふふ、とまた笑い声がした。
「わたくしは、純粋なものが大好きなの。だから、バルダーナ? あなたの迷いながらもまっすぐに進もうとする姿、注目していましたよ」
「へ、へえ……」
と、バルダーナは顔ごと視線をそらした。
「プリダニエに至れば、ご自分の気に入る姿になれるし、お腹も空かないわ。ただちょっとわたくしの退屈と仕事の意義について、語り合える相手が欲しいの。来てくれる?」
「来てくれる? て、第一プリダニエってどこにあるの?」
「遥か高次元にある砂漠の土地よ。わたくしはそこから大きな天文望遠鏡で、多くの他次元の出来事を見て、優秀な人材を集めている。仕事については、そうね、おいおいお話し、しましょうか?」
そう言って、ファータ姫は可憐に笑った。
「それはそうと、質問をしてもいいでしょうかファータ姫様」
「なあに? クライン。あなたはもっと早く急いでプリダニエにくるべきだったのよ?」
「それはどうして?」
「あなたの大事な人が待っているからよ」
「ルナ!」
クラインは咄嗟に叫んだ。
「そう」
月宮におもむいたきり、戻らなかったクラインの想い人。
主でもある魂の支配者。
「永の都……お師匠が言ってた。あたしはそこへ招かれるんだって」
リザとバルダーナはあっけにとられている。
「永の……都」
「なんでもいいけど、あたしはこれでも忙しいのよ。お師匠の面倒みないといけないんだから」
すると、ファータ姫が言った。
「あら、彼女はあなたのことは忘れてるわよ?」
「なんでっ?」
全員が見守る中、灰色のフードをかきわけて、魔法使い、だった者が顔を出した。
「ぷひゃあ!」
「赤ちゃん?」
「いいえ、もう三歳くらいね」
「「「「なんで、魔法使いが三歳児に?」」」」
全員の声がハモった。
ファータ姫は何でもないように、言った。
「リザが彼女の苦しい記憶を全て消してしまったから、身体も一番幸せだった時にもどったのね。クライン、どうしますか?」
「オレになんの選択権があるのか?」
「にっくき魔法使い、成長すればまた同じようなことを繰り返すかもしれません。悪の芽は早いうちに摘んでおくべきでは?」
「――まさか、オレにこの赤ん坊を斬れというのか?」
「できないというのですか?」
「ううぬ、それこそまさかだ。だが、剣は折れてしまったし」
「たかが赤ん坊に、人斬り包丁を用いることもないでしょう」
「しかし! オレは剣士だ!」
「なにを甘えているのです。悪を斬らねば、この神殿の長がまた操られて悪さをしますよ」
「誰にあいつが操られていただと?」
「そこな、魔法使いに」
「元凶はこいつか!」
クラインが魔法使いを睨む。
三歳児は笑う。その無垢な愛らしさ。
「ダメだ……考えさせてくれ」
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