第28話新しい命の息吹
いっぺんに朝が来たように、周りがこれまでになく輝いた。亡者の亡者による亡者のための鎮魂歌が地下にこだましている。
「地下神殿に上方から明かりがさすとは……」
クラインは不思議そうだが、ケルベロスに破られ、崩れた魔法陣の中、その上層部の魔法陣から何者かがやってきたのだと気づかざるを得なかった。
リザもバルダーナもしばらくの間、動けないだろう。
ケルベロスも昏倒中で、メリにいたっては打ちのめされてうわ言のように、ままならなぬスペルを紡いでいる。
老婆が、皺だらけの目を瞬いて、事態を見守っていた。
そしてリザの能力をみてとると、黒いオーラであたりを包み始めた。
「なかなか使える能力ではないか」
そのセリフを聞いて、メリがわずか、苦い顔をする。
老婆はスペルで、リザを闇に包んで光ごと引き寄せた。
「この身が老いるほどつぎ込んだエネルギーを、取り戻させてもらうぞ」
そうして、さし伸ばした腕は、みるみると艶めいて、十分に若さを取り戻していく。
「おお……」
魔法使いは歓喜する。
古ぼけたローヴ姿の上からでも、見事な肢体の持ち主であることが分かる。
そして、魔力も増して、ますます手ごわい。
闇は増大した。
リザに癒しを受けた死霊たちが、魔法使いへの怨念で高ぶっている。
バルダーナがよろけながらも戦線復帰した!
「リザ……すまない。大切なものを、もらった……」
リザは微笑んで、
「役に立てたなら幸甚だ。さあ、向かうのは剣士のもとね」
地下神殿のオーロラが消えると、あたりはもっと大きな光の渦だった。
「リザ、大丈夫か? バルダーナはどうなったんだ。何も見えない」
「ここだ、剣士」
バルダーナの微笑みは安らぎに満ちていた。
クラインは申し訳なさそうに言った、すまない、と。
「今更だが、バルダーナがくれた、この翼、慣れぬので扱いきれず……」
「本当に今更だな」
「だが戦うぞ、王が下された大義名分のためでなく、一人の武人として許せぬ」
「あっと、敵もリザが回復させちゃったんだ」
「なんだと?」
「死霊を蘇らせるくらいだ、老婆が若返ったっておかしくもない」
そこへ、地を這うように仇なすものが繰り言を言った。
「そもそも、これが真の姿。今の自分には巨大なオーブもある、魔法の知識もある、術の実績もある。こわいものなしじゃ!」
クラインたちの背後で、ケルベロスがむっくり起き上がる。
そこへ、まばゆい光が降り注いた。
ぽたり。
また誰かの、血の涙が滴り落ちた。
すると、クラインの黒衣が銀に輝く鎧へと変化した。
「こ、これは」
見かえると、バルダーナがそっと微笑む。
クラインは、ぐっと近づき、詰問した。
「どうしておまえは、オレのために、身を削るんだ」
「別に、戦いの要はあんたじゃん?」
「それでも、うれしくはないんだ。オレは名誉を失った騎士。いや、その称号も……を失った今、意味を成さなくなっている」
「あんたは、あんたの戦いをしなくちゃいけないときに、称号がどうとかいうのか? 俺の心は剣士だとあんたは言った。あんたも剣士じゃないのか?」
クラインは下唇を噛んで慟哭した。
「そうだな……ルナのためだけでなく、か弱きもののために戦うのは、まさしくオレの戦い。つきあってもらうぞ、バルダーナ!」
「……」
バルダーナは黙りこくっている。
「どうした、バルダーナ」
「オレはあんたに嘘をついてきた。もう何度も」
「ほう、それはこの戦いのあとで、じっくり聞かせてもらいたいものだな」
「今、聞いてくれ。頼む」
「戦いながらなら、いいぞ」
「オレは女だ」
「ああそうか……なに?」
「変な顔をするな。とっくに気づいていたろう?」
「まあな。だが、最近じゃ中身が男なのだろうと思って、気にかけなかった」
「今更、だからってどうということもないんだけど、思わず男だって言っちゃったから、後に引けなくて。だからそのう、オレ、あんたが好き、なんだ」
そのとき、魔法使いの渾身の一撃が魔法の杖から放たれた。
受けるクラインは、翼をはためかせ、跳躍する。
その背に、バルダーナがしがみついていた。
「危なかった。バルダーナそこにいるな?」
「あ、ああ……」
「で? 反射的に動いてしまったが、話は終わったのか?」
「うん、やっぱりいいよ、今は」
「ありがたい」
クラインは慎重に口を開いた。
「頼む。あの魔法使いを倒すのには、おまえの力が必要だ」
「うん……」
「女だとは思わないから、覚悟しろ」
「なにィー? 人がやっとのことで打ち明けたのに!」
「そのロープ人形のような手足に、薄汚れた肌。オレの知る女とは違う」
「このォ! ちっきしょおー!!」
バルダーナが殺気満々で、降り立った。
(ちょうどいい温まり具合だ)
ほくそ笑むクラインに、バルダーナは、
「この先、どうやったって、オレが女だって認めさせてやるからな!」
「応。この場を凌いだらな。楽しみにしておくぜ」
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