第26話永の都から……(その六)

 地下神殿で、クラインたちがあられもないことを言い合っている。

「大地が鳴動したかというほどの、大技には程遠いな」

「なんだよ、冷たいぜ剣士!」

「しかし、バルダーナのおかげで、地下から出られそうだ」

「だろ? おかげさまだろ? オレってすごい!」

「自分で言わなきゃな……」

「あんだよお! ちっくしょう、イマイチ剣士にはオレの強さがわかってねえ!」

 全ては暗闇の中で。

 クラインとバルダーナの目が光り、リザの手元で青い光が燦然と輝く。

 彼らは、魔法陣の祭壇からワープして、朝霧の街へ出られるとの情報をケルベロスからいただいたばかり。彼はそこから朝霧の神殿へ行って、少女を見つけてきたということである。

 地下神殿では、オーブが消えたため、実力の半分も発揮できなかったケルベロスが、メリを救おうと、彼女を咥えて異次元の扉に身体をねじこんでいた。

 どこからか噴霧された紫の毒霧によって、さらにバルダーナの発したイカズチの爆発で、メリは失神してしまっていた。

「う……」

 メリはようやく気づく。

 そこは、光と闇とが交差する異次元の只中。

 ざらついた粒子が素肌をなぞって、通り過ぎていく。

 不思議な空間だ。

「ケルベロス? いけない、お師匠が。あんな事件、なんと思われたか」

 メリはスペルを唱えると、遠隔魔法でオーブの持ち主である、老婆に救援を求めた。

 老婆は、地下神殿へ来ていた、だが誰もいない。

「ケルベロスの寝床が、魔法陣の真下であることを気取られたか……」

 老婆は特大のオーブの光であたりを探るが、クライン、バルダーナ、リザの姿はなく、肝心のメリもいない。

「メリ……浅はかなのは、変わっておらぬわい」

 ちょうどその時、オーブがチカチカと瞬いた。

「ぬ、いたか!! 今では憎悪の対象でしかない。我が馬鹿弟子め。ケルベロスがのう……。やはり、メリに執着を取り戻したか」

 老婆はスペルを唱える。

「もっとも、自分の愛した少女が、自分を使役するなど、考えもせぬようだがな」

 あたりには、砕けたオーブの残骸が、ばらばらと散らばっていた。


     ×   ×   ×


 メリの通り抜けてきた扉から、狭苦しい部屋に出てきた三人。そこは魔法使いの研究室である。大きな水盤が奥に設置してある。

 時は朝だ、クラインの体内時計でわかる。

 どくん、と彼の心臓が深く脈打つ。

(これは……朝のユメ。明け方に見るユメだ……)


 そこに映るのは、地獄の一丁目。

 幼い少女がいる。

 棒を持った男に追いかけ回されている。

 手には果物。

 収穫前の青い林檎。

 魔法使いが現れ、彼女をローヴの影に隠す。

『返せ、貴様ァ! 対価もなしに許されんぞ』

 魔法使いは、しゃらり、と手から宝石のついた銀の鎖のペンダントを差し出した。

 その手は真っ白く、つややかだ。

 顔は見えない。

『メリ、メリや。どこへ行ったの……?』

『あ、おっかちゃん! ご飯だよ。リンゴだよ。死んじゃったらいやだ!』

 余力のない女性はよろ、と崩れ落ちた。

 見守る魔法使い。

 メリは助けてくれた魔法使いに懇願した。

『魔法で治して。おっかちゃんを治して。あたしなんでもするから!』

 魔法使いは顔を合わせない。

『間に合わない。だが、おまえになら、その術を教えておいてやろう』


     ☆   ☆   ☆


 メリは瞬いた。

 老婆が、自分の思惑とは逆に動いていることを察知したからだ。


(あんなに、手伝いをしてきたのに!)


     ☆   ☆   ☆


 灰色のローヴ姿の魔法使いは、身寄りのなくなったメリにとって、唯一無二の存在となった。

 メリは少しでも認めてもらおうとした。

 差し出したカゴから、魔法使いは、毒のあるキノコを払い落とす。


(今までの優しさは?)


『メリや、おまえは筋が良い』

 そう言った魔法使いはもういないのだった。

 いまはただ、老いた彼女は砕けたオーブの破片で、布陣を敷いている。


(――いやだよ!)

 意識を失い、過去の夢の中にあるメリの目じりからしずくが伝う。


 魔法使いはとあるものを、メリには無断で売り渡した。

 保護者は子供を自分の所有物扱いできる世界だ。

『おっかちゃんみたいに、おっちんじまうのも嫌だけど、魔法使いが地獄のカマもっておそいに来るなんざ……ババア、外道! はあはあ、鬼畜! その本のためなら、なんだってするってか! この……亡者があ!』

 黙って立つ魔法使いの腕には、分厚い古書が抱えられていた。

『降りてくるがいい。こたびは貴重なものが手に入ったぞ』

 そうして、メリが逃げ登った木の幹を、がんと蹴った。

『へべ!』

 木の葉と一緒に枝の上から落ちてきたメリを、魔法使いは見下ろした。

『思ったより使えそうな……』

 そう、つぶやいた。

『え……?』

 少女は、もう少女の姿ではなくなっていた。

 ひとりの若い乙女として、そこにいた。


 そう、魔法使いが売ったのは、メリの未来。

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