第25話永の都から……(その五)
水盤を覗いて、老婆が呟く。
「あやつは精神攻撃をするには、のうてんきすぎるからのう」
と、煎じ茶をすする。
「間抜けな。ちょうど厄介払いしたかったところじゃ。えい」
老婆が紫の粉を水盤にむかって投げ入れると、水盤はぶきみな色に渦巻いた。
「悪く思うな、メリよ。おまえのその才はおしいが、そろそろめざわりになってきた。邪魔じゃ。きえるがよい」
そして、メリの稼ぎで手に入れた羽扇で、首筋をあおぐ。
そのとき、キイと表のドアを開く音がし、カウベルがりんりんと鳴って、客人の訪いを告げる。
「少し……いいかしら?」
その人物は言った。
狭苦しい雑貨を置いた店だが、人一人入店するだけで、閉塞感がいや増すので、本当に客商売をやる気があるのかといえば、ないのだろう。
「ああ、いらっしゃい」
「いえ、お客じゃないのよ。あなたと少しばかり、お話がしたいの」
その人物はするりと上着を脱いで、全身をあらわにした。
輝きが店の外まで漏れて、まるで地獄に朝日が昇ったようだ。
まるで光体と話しているようで、老婆は落ち着かない。
「なんの御用ですかな?」
「お宅の、メリさんのことよ」
「!」
「彼女の身柄を、こちらに渡して欲しいの。自己紹介がまだだったわね。わたくしはファータ。次元を超える術を伝えるものよ。そしてプリダニエの統治者にして、世界を記録する使命を持つ者」
「ななな、なんだって?」
「プリダニエ、ここ界隈では、永の都と言うらしいわね」
老婆は杖を取り落とし、細かく足踏みする。
「もう一度言うわ。あなたの弟子を、渡しなさい」
× × ×
りんりんとカウベルが鳴る。
老婆はよろよろと奥の部屋へ行き、揺り椅子に後ろざまに倒れ込む。
「あの、メリが……永の都に、プリダニエに、なぜ?」
そしてにごりきった水盤に目をやり、恨みがましく呪いを吐いた。
「なぜ、わしではないのだ……」
じっと、じっと、夕闇の神殿で倒れふしているメリを見る。
そして水盤の横にある分厚い本を開いた。
するとそれは、もう何度も繰り返し開かれたので、心得たようにそのページをあらわす。
『永の都……永遠の、永久の、楽園……』
「解せぬ」
老婆はローブの上にマントを着け、メリの通った真鍮の扉に呪文をかける。
「メリを、永の都へはやらぬ」
まばゆい光とともに、扉は夕闇の地下神殿へとつながった。
「……許さぬ」
老婆は大きなオーブのついた杖を握り締めた。
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