第23話永の都から……(その三)
その存在は知りたがっていた。
この地獄において、なんとも幸運に恵まれた犠牲者たちを。その命の確かなことを。
『黒衣の騎士とはなんぞや?』
暗闇に問いかけると魔法の言葉が虚空に浮かぶ。
それは……。
「愛するものを失い、名誉を穢された者。
その者は、巫女の血を穢し、己の仕える君主にも見放された存在。
神の怒りに触れ、この地に落とされた獣神。
心から愛するものを失い、失意の中戦い続ける者。
報われることのない者」
痺れるようなめまいを感じ、その存在は繰り返し問う。
『この地における女神の加護とはなんであろう?』
「獣神の血を飲み、人でなくなってさえ、清らかさを保つ存在。
いわば、孤独な戦士の、唯一にして最大の味方である、聖なる乙女。
死にかけたところを彼に救われ、女神に彼の加護を求め旅立った者。
ルナは、早く成長したいとダダをこねるディアナに自らの血をさしだそうとした。
神々の言葉に導かれ、身を投げ打って友を救うと誓った」
情報は次々とあふれだし、術者の周りをぐるぐると巡る。
「アルテミスは母性的である。ディアナの仕打ちを、ルナにすまなく思っている。指導性を持っている。
ディアナは他者を犠牲にしても、自らの望みを果たそうとする。子供の姿なので、はやく大人になって信者からの貢物で着飾りたい。発言権がないので、いらいらしてルナにつっかかる。
ヘカーテは、無口で慎重。思慮深く、親切。いざとなると高みの見物。理性が強すぎ、謙虚すぎるきらいがある」
薄暗い部屋で、大きな水盤をのぞきながら、深くフードを被ったローヴ姿の、小さい背中がぶつぶつとスペルを唱えていた。
その袖から見える手は、筋張ってシワがいく筋も走っている。
「今わかるのはここまでじゃ」
隙間なく本を四方に積み上げた部屋で老婆が言う。
「メリ、こいつは一筋縄ではいかんぞ」
老婆はこつこつと杖を床に打ち鳴らし、いらいらしている。
「まさか、あれだけのコレクションを……」
「断る」
「まだなんにも言ってないぞい」
「却下。断固反対」
「メリ、あの男の命を奪うのだ。それができるのはおまえしかおらん」
「べつに……あたしじゃなくったっていいじゃない。もう二回も袖にされてさ」
「しかし、あの者への加護がこの地獄に降り注ぐ限り、悪意のオーブは消え失せてしまう」
メリはぷくーっと頬を膨らませている。
「だいたい、あたしがバイトをかけもちしてるのも、ババアがすぐいらないもん、買うからじゃん!」
「いらないものとはなんじゃ! これら全ては術を完成させるためのもの。欠かせん力ぞ」
メリは仕方なく、肩を抑えてため息をついた。
「というか、師匠にババアとはなんじゃ!」
「……あ、なんだ。聞いてたの」
「ケルベロスが記憶を取り戻す前に、メリ、おまえがやるのじゃ。メリ?」
「はーい、はいはいはいはい!」
メリはいい加減な返事をしながら、その半分も覚悟をせずに老婆の研究室を出た。
「行動は早いんだがのう。ま、真面目すぎてもあやつの才は開かん」
老婆は思慮深く、眼差しを閉ざした。
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