第17話夕闇の神殿

 時間の経過すら、みじんもわからない霧の中、音もなく馬車が走っていく。

(ここはどこ……?)

 幌馬車の中、リザは薄く眼をあけようとするが、かなわない。

(なぜ、わたくしはこんなところに……どれだけの時間が流れたのだ)

 身じろぎしようとして、手足が拘束されているのに気付く。

(そう……そういうつもりか。でも……)

 するりと拘束を脱ぎ捨て、リザは立ち上がり、くつわを外した。

(わたくしは寿命を削りとられるほどに、物理制限を自在に解けるようになった。肉体が壊れては、風樹も寿命を搾取できないからな。今はありがたいことだ)

 幌馬車が通った後は、静かな空気の乱れが起きて、かすかだが下方へ霧がながれている。

「うっ、これは夕闇の……もうすでにこのようなところまで運ばれてしまったのか」

 リザは幌馬車の中を見回した。

「おかしい。どうしてわたくしだけ……以前はもっとたくさんいたのに」

 応えるものはない。

 リザは意を決して、幌馬車の後方へと飛び降りた。

 その体はふわりと浮いて、何の制限も受けずに地に降り立つ。

「さよなら、夕闇の使者……」

 勢いをつけて舞い上がった。

 リザの身体は、引力さえもふり捨て、白濁の海を飛ぶ。

「正しい道はどこ」

 空に道などないのは百も承知。今はただ、バルダーナのところへ向かわねば、とリザは本能的に思っている。バルダーナがじっと待っている可能性は低い。

 かみっぺらほどの絆でも、もし、自分が使者に捕まったと知ったなら……バルダーナはどう行動するだろう?

 リザの思考は止まる。考えてもせんないこと。

 死の国で起こることなど、常識を超えている。

 だから……リザは自分を信じる。バルダーナが己を探していると。


     ☆   ☆   ☆


 クラインの背で、バルダーナが叫ぶ。

「あ、あれは!」

 前方に、薄明るい光が、垣間見える。

「またなにかの幻影か?」

「そうじゃない。こっちへ来る!」


 ぼう!


 夕闇の馬車だ。幌を引く馬の目が、金色に光っている。

「な、なんでこっちに!」

 二人は足を止め、グッと腰をためた。

 得体の知れない引力で、体ごと馬車に吸い込まれそうだ。

 勢いが止まらない。

「ううああー」

 そのまま、加速して幌馬車の中へと引きこまれるではないか。

 

 ずうん!


 馬車は大きくバウンドして、力学の法則を無視して、くるりと向きを変える。

 二人が叫ぶ間もなく、馬車は走り出した。

「お、おい! 一体どうなっている?」

「夕闇の使者にとりこまれた! あっそうだ、リザは……」

「いないようだな」

「そんなー」

 ついにはぐれてしまった、二つの魂。

 リザと、バルダーナはどうするのか?

 そしてクラインの行く末は……?

 はたして。


     ☆   ☆   ☆


 リザは、まだ空から霧の海を見下ろしている。

(別にそんなにも時間が経ってるとは思えないけれど……この世界での感覚はアテにならない。もう何度も経験したこと)

 空を飛びながら、リザが思っていたその時。

 いななきとひづめの音。

 管理棟がぐるりとめぐって、夕闇の神殿を示している。


 かーん、かーん。


 夕闇の神殿に、使者が犠牲者を連れて戻ったという、合図が聞こえる。

 リザの胸がどきどきいいだした。

(違う。わたくしではない。では、誰が……嫌な予感がする)

 リザは、すばやくとって返す。

(バルダーナじゃない。誰かそう言ってくれ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る