第15話霧の大橋(その二)

 いつごろだろうか、随分と長い間、歩き続けてきたような感覚がする。

「おい、剣士、剣士ってば」

「いててて、聴こえてるぜ」

「道が……いや、あの管理棟が二つある」

 クラインはもやの中、頭上あたりを眺めやる。

「そういえば、月がほんのり朱色に色づいているかな?」

「こんなはずはない。オレたちは死霊の時、夕闇の神殿から来た。仮に管理棟が二つあったとしたって、道は一つに決まってる!」

「どちらへ行けばいい?」

「まてよ、今考え中だから」

「そうしてる間に、何も見えなくなったぞ。おい、バルダーナ! どこだ……」

 物音一つ聞こえない。

 そんな中、忍びよる魔の手。

「あ! バルダーナ」

 バルダーナは悪霊の手につかまり、空中に吊り下げられている。

「!!!」

「馬鹿な!」

「逃げろ、剣士。こいつらは……」

「そうはゆくか!」

「剣士……」

 バルダーナは顔をゆがめて、苦しそうだ。

「そうか、こちらが当たりか!」

「け、剣士……?」

「受け取れ、バルダーナ」

 そういうと、クラインは長剣を投げた。

「そういうことか……わかったぜ、剣士。うおおおおー」

 清められた金属は悪霊を退け、またバルダーナのイカズチがとどめを刺す。


 ばりばりばり! ぐしゃ、どーん!!



 しばらく、音だけが不気味に響いていたが、のそっとバルダーナが顔を見せる。

「正しい道はこっちだ、バルダーナ」

「へへ、悪霊が見張ってるとはね。案内ごくろうさん」

 バルダーナは後にしながら、不敵に笑う。

「これ、返すな」

「ああ……」

「大切な剣、なんだな? 持っててすぐにわかった」

「ああ、ルナさまからたまわった」

「そっか。剣士はその方のために戦ってきたんだな」

「もう過去の話だ」

「そっか……」

 再びクラインの背中に乗るバルダーナ。

 問わず語りに昔話を始める。

「オレの故郷ではな、いろーんな差別があったのさ……」

「……」

「特にオレは、肌が浅黒いのに、瞳の色が青くて不気味だって、怖がられた……悪いことは、何にもしてないのにな」

「それで?」

「え?」

「まず真っ先に瞳の色を売ったのか」

「うん……でも、理由はそれだけじゃねえよ。リザに逢ったから……」

「ふむ」

「剣士はどうして、地獄なんかに来たのさ」

「そういうおまえは……」

 再び月の道筋が分かれて現れた。

「今度は四つ……どれが本物だ?」

 バルダーナが飛び出して、呼ばわる。

「さあ来い、悪霊!」

「! よせ、バルダーナ」

「なんでだ? どの道が本物か、これでわかるんだろ?」

「先ほどのは脅しだ。それが通用しないことがわかれば、やつらだって馬鹿じゃない。見ろ! 四方からやってくる! う!」

 状況は悪くなるばかり。前方には得体の知れない道が、四本。悪霊を運んでくる。

「前門の虎後門の狼か」

 バルダーナが、つぶやいているクラインの胸にしがみついて言う。

「剣を、あんたの剣を出してくれ」

「おまえ自分で持ってないのか」

「冗談じゃない。物もとらずにがしゃーんって、出てきちまったろ」

「計算外だ。仕方ない、もう一度オレの剣を貸す。すぐに返せよ」

「すぐにカタをつけろってことね。けっ、見てやがれ」

「ふふ、こんなときだが、頼もしい」

 白い闇の向こうから、バルダーナの健闘が聞こえてくる。


 びかびかびか! ずどーん! びかびかびか! ずどどーん!


「はあはあはあ、き、キリがないや」

 ついにクラインがしびれを切らす。

「悪霊が後を絶たないということは……結局どの方向からも夕闇の神殿に近づけるってことじゃあないのか?」

「そんなに単純かよ! うわわあ!! また出た!!!」

「少し休め」

「休んでる場合じゃ……」

 バルダーナが言い終わるか終らないかの内に、クラインは剣をその手から奪って、霧の中へ突入してゆく。

「剣士……? おおーい、ひ、一人にするなよー」

 へたりこむバルダーナの横で、足元が崩れる音がする。

「これは……罠だ!」

 バルダーナの予感は的中し、乳白色の闇の中から悲鳴が聞こえた。

「け、剣士―!」

 這ってゆけば、そこは未知の断崖だった。

「はっ、剣士の……」

 まるで墓標のように、絶壁のふちに剣が突き刺さっている。

「なんだよ。オレたち、これで終わりかよ……うそだろ?」

 バルダーナがその剣を抱くと、ぱたぱたと涙をこぼした。

 その姿に黒い悪霊が迫る。

「なんだよ! オレはもう、おまえたちのうれしがるようなものは何一つもってない。この身体だって、半分はエーテル体なんだ!」

「なんだって?」

 突然、背後から声をかけられて、バルダーナはぎょっとする。

「あ、剣士。生きてたのか」

 崖から見下ろした先に、剣に固定された鎖に捕まるクラインがいた。

「生きてたのかはないだろう。その剣を離すなよ」

「えへへっ、ごめん。てっきり」

 登り終えてからクラインは言った。

「おまえ……さっきの話、本当か?」

「だとしたら?」

「一体何に、売り渡したんだ、その体」

「正確には足を売ったのさ。手よりましだろ? どのみちユーレイなんだからさ!」

 その頬をクラインの平手が見舞った。

「へらへらしやがって!」

「なんだよお! 他人が自分の身体をどうしようが、勝手だろう!」

「おまえはオレの初めての弟子だ!」

 バルダーナは息をのむ。

「自分で自分の価値を落とすようなまねは、今後一切、許さない。破門だ」

「け! オレの技はオレが編み出したんだよーっだ。なんだよ、えらそーに」

「それでもだ」

 クラインは静かに告げる。

「永の都へ、ゆくんだろう? 手足がなくなっちゃ、触れて確かめることすらできんぞ」

 バルダーナはそれでも首を縦に振らない。

「それより、リザが心配だ」

「おまえがそうまでいうのなら。道を探そう」

 クラインはやはり、頭上の管理棟を気にして言う。

「あれを一つずつ破壊するわけにはゆかないのか?」

「どうやって?」

「姫さんが、火薬をまいてたろう」

「あれは宿代につかっちまったよ」

「なるほどな」

「なに?」

「おまえはだいぶ前から、足がなかったんだな」

「……」

「まさか本当に幽霊だからと言い張って、聞き入れられると思うか?」

「いいんだ! もう過ぎたこと! これからの事を話そうぜ」

「では、やってもらいたいことがある」

「へ?」

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