第13話夕闇の襲来


 宿に足を踏み入れたクラインは、まず中を見回す。

 壁と寝台の黄と青のコントラストがまばゆい。

 クラインは手触りを確かめて、詰問する。

「これは絹じゃないか。今度は何を対価にしたんだ?」

 掛け布にはこれまた紋様のような刺繍が贅沢に施されている。

「もうない。なくなっちゃったもんは、持ち物の勘定に入れない!」

「また、耳がもげてるのじゃないだろうな!」

 クラインはバルダーナのターバンを引っ張る。

「いていていて。あるよあるある」

「まあ、人間の場合、耳たぶがなくなったところで、聴覚にさしつかえるわけでもないらしいし」

「なに? 獣はさしつかえるの?」

「なんだって?」

「だから、獣は……」

「だれが獣だ」

「わかったよ。ったく、だれのおかげで宿に泊まれるんだか」

「そういえば、おまえはオレに対価を要求しないな」

 バルダーナの脳裏に、あられもなく泣きじゃくっていた半神半獣の姿が浮かぶ。


『子供たちがかわいそうだ! こんなのあんまりだ!!』


「まあな。持ってるやつからは、根こそぎいただくけどな……」

 そう言ってから、少しだけ鼻を鳴らす。

「ま、いーじゃんか! 寝よ」

「一緒にか?」

 ごそごそともぐりこんでくるバルダーナに、クラインは言う。

「しかたないだろ。一部屋しか借りられなかったんだから」

「だから、王宮近衛でもないのに、なんでこんなに贅沢なんだ」

「いーんだよ。持ってた荷物片付けたらこれしかないって」

「リザは?」

「牛の乳しぼりしてるよ。対価がなかったから。いつものことだ」

「対価がないと労働するのか……その辺は人間と同じだな」

「リザはエルフだから、野宿のほうがものなれてる。価値観の違いだな。まあ、ここいらには自然の気なんて存在しないけど」

 はふ、と吐息をつくバルダーナを見、ふとクラインは窓際に頭をもたせかける。

 その瞳が見開かれ、鋭い衝撃音が宿に響いた。


 がしゃーん!


「野盗か?」

 次の瞬間、クッションと掛け布は無残に切り裂かれ、羽毛が飛び散った。

 犯人と思しき刃がぎらりと光る。

 それをねじ伏せて、クラインは跳躍した。片腕にバルダーナを抱えて、破られた窓から。

「うおわー」

「黙ってろ」

「んなこと言ったってだなー!」

「舌を噛んでもいいのか?」

「うぐっ」

 クラインはバルダーナを背負ったまま、敵の目を逃れて屋根伝いに疾駆する。

「うっ」

 その屋根から裏手の牛舎が見える。そこから麦わらがまき散らされて、黒い馬車が幌をまとって、怪しく佇んでいる。

「あっ、リザが!」

 くつわを噛まされて、幌馬車に担ぎ込まれるのが見える。

「リザ!」

 クラインが跳躍して、後を追おうとするが、幌馬車は音も立てずに発進してしまう。

「ち。案内が足りない。バルダーナ、頼めるか」

「無理だ。あれは……夕闇の馬車だ! 対価を持たないものを集めて、悪霊にしてしまうんだ」

「おまえらは死霊ではないと言ったじゃないか!」

「だから、肉体を対価にしてきた! リザだって同じだ」

「なんだってこんなことに……」

 沈黙も、迷うのも、一瞬のことで。

「少々恥ずかしい思いをしてもらうぞ、バルダーナ」

「え! そ、そうか……もうオレにはそれしかないか……」

 バルダーナは赤面するが、

「オレに頼れ! 行くぞ!!」

 再びクラインは屋根の上を疾駆する。

「え? ええー?」

 理解不能のバルダーナ。

「対価のことじゃないの?」

「どうせ、眠れぬ夜を過ごした仲じゃないか」

「そ、そーゆー言い方するから、誤解するんだよ」

「黒い馬車はどこへいった!」

「……道筋はわからないけど、行き先は知ってる。黒い夕闇の神殿だ」

「うおおー」

「なんで雄叫びするんだよー」

 バルダーナの叫びが、か細く消えた。

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