第6話輝く力と一対の子供(その四)

 バルダーナとクラインの二人は、胸を荒く上下させて、大樹を背にして横たわっている。

「これで……おまえの姫さんは守れるな」

「ふふん……どうかな」

 そのわきでリザは、大樹の根元を掘る。

 掘り返すが何も出てこない。

 こっそり溜息をついているのを見てとって、クラインが問うた。

「そこに、何か埋まってるんだな? なんだ」

「地上への、穴」

 短く答えるリザに、クラインは身を乗り出す。そんなものがあるなら、さっさとこのような場所からおさらばできるではないか。

「オレがやる。同じ手でも、こんなに厚みと大きさが違う」

 そっと、小さな手に自分のそれを重ねて笑う。

 そうして、クラインは、穴が大きくなるまで掘り続けた。

「なんだ、姫さん。なにもないぞ」

「いいから、上がってこい」

 バルダーナがはるか上方から、のぞき込みながら言う。

「どういうこった?」

「つまり異次元の穴は、いつまでも同じところに留まっちゃいないってことだ」

「それを先に言ってくれよなあ」

「聞かないのが悪い」

「なに?」

 クラインとバルダーナがにらみ合っていると、リザがもの思わしげに言う。

「これでも場所は特定できていた。何かしらの影響でそれがズレたらしい」

 はっとするバルダーナ。

「まさかそれって……」

 いまいちピンとこないクラインに、気まずそうにバルダーナが口ごもる。

「なんなんだ?」

 と、クラインが頭を傾げる。

「……なんでもねえよ」

「おいおい、それってバルダーナが別の願いをこめたから、なんてことはねーよな」

「……当たりだ」

 リザが言う。

 とたんに二人が同時に口を開いた。

「それじゃあ、オレら、のんきに打ち合ってる場合じゃなかったじゃんか!」

「すまない。意志の疎通がままならない、わたくしのせいだ」

「そんなことはない!」

 バルダーナがリザを庇(かば)うが、ここ数時間でそれは幾度となく繰り返されてきた。

「なんだ、おまえらきょうだいか?」

「赤の他人だよ」

「ふうん。そうは見えないけどな」

「おまえの目には、どこかオレたちが、似かよっているとこがあるように見えるのか?」

「いいや……目は金色と紅色。髪はゴルディロックヘアとプラチナブロンド。肌の色は、汚れたアンバーと穢れない白だ。正反対だな」

 クラインがそういうと、あからさまに二人はほっとする。何か秘密があるのだろうか。

(だから、よけいにその絆が不思議に見えるんだ)

 クラインは二人を横目に、そう思う。

 あいつもそうだった……。

 彼はそう思う。

 派手なハニーブロンドの、同い年の嫌な奴。

 なにもかもがルナと異なるくせに、やけに彼女に張り付いて離れない。無様に死んでなおルナの心から離れなかった、青い瞳の乙女。

「ま、いいか」

 クラインがつぶやくと、よくない、とすぐそばからバルダーナが肘で脇をこづく。

「これでオレたちの苦労も水の泡だ。砂漠をこえ、危険も顧みず風吹く森まで来たというのに、あのまま夕闇の神殿に居ればよかった」

「しかし、それでは、生きながら悪霊の餌食になるしかなかった」

 リザの言葉に、バルダーナは黙り込んで木の根元に膝を抱え、座り込む。

 クラインは思わずごちる。

「オレにどうしろっていうんだ」

 バルダーナが背を向けて言う。

「ここを抜けたからって永の都にゆけるわけじゃない。数段階も段階を踏んで、奇跡のようにたどり着ける場所なんだ」

「オレにはわからんな」

「当然、何も知らずに得物をふりまわしてたんだろうさ」

 クラインは少し考え込んで、

「要するに、別の穴ぼこを掘ればいいんだろう? 地上への穴とやら!」

「そうだけど……オレたちは疲れ切っている。剣なんてふりまわしてる場合じゃなかった」

「それはそうだ」

 と、クラインが罪もなく言うので、バルダーナは一層憂鬱そうな顔。

 そのとき、苔むした風景が微かなゆらぎを見せた。

「とにかく、別のスポットを探そう。まずは森を抜けるんだ」

 バルダーナがけなげに言うけれど、クラインは首を傾げる。

「どうやって?」

 三人の前に、緑色の苔を生やした石像が、なぜか動いて周囲を囲む。

「なんだこいつら! いつの間に現れやがった!」

 とっさに、バルダーナが剣をふり、雷撃を落とす。

 わずかに石像はスキを作るではないか。その間を縫って逃亡する三人。

「どうやら、特訓は無駄にならないようだな」

 囲みを突破しながら、バルダーナが能天気に言う。

「そうであることを祈るよ」

 クラインは石像の投げてくる岩を、かいくぐりながら言い返し、また駆け抜ける。

 リザは相変わらず、手に灯りをともし続け、なんなく道をひらいていく。

「あのお嬢さん、要領がいい」

「馬鹿、命削ってるって言ったろ」

「こちらは確実に今、寿命が絶たれようとしている」

「まだ、生きているだろうが」

「まだ、ね……」

 唇をゆがめてクラインは言う。

 そのうち、目の前の森が色彩を持っていることに気づいた。

 クラインは幾度も目をしばたいたが正体がわからない。

 毒々しい花が咲いている。赤も黄色も、お互いを悪い意味で引き立てていた。

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