第5話輝く力と一対の子供(その三)
大きな古老の樹の前で、バルダーナは仕方なく話し始めた。
「オレは瞳の色と長いだけの髪を売った。悪魔にだ。それでもこんな……」
バチッとてのひらで電撃をはぜさせると、ギュッと拳を握りしめる。
「こんな、火花を散らすのがせいぜい。リザは、寿命のほとんどを売ったというのに」
それは驚くべき内容だったが、彼は黙って聞く。
「あんたの傷を治した光も、オレの目の痛みをとってくれる温もりも、彼女が命を削ってるんだ」
「察した」
と、クラインはうなずく。
「両名とも、この世界の生まれではない。だから苦労をしているというわけだ」
「……無理に理由を聞けとは言わないが」
バルダーナはうつむく。
「いや、わかってしまった。おまえたちのように、地獄で生き延び続けるには、身の内の何パーセントかを売らなきゃなんないってね」
「じゃあ」
「勘違いすんなよ。オレだって青二才じゃないんだ。またいつか会う時が来たら語り合おう。じゃあな」
「剣士! バルダーナが待てと言ったのにはわけがある」
か細い声でリザが言った。
「なんだ?」
「この源の樹を見るのだ」
「樹ぃ?」
樹がどうしたと、のぞきこむと、そこには次元の穴が開いていた痕跡がたくさん。
「風樹の根元にはな、宝が埋まっている。必ず、必要となるものが」
「全部話せ。わけがわからん」
「剣士の望みは全部かなう」
「おまえたちは?」
「そなたの望みは?」
「待て」
なんでそうなる? 尋ねたいのはやまやまだったが、リザはもう聞く耳を持たない。
(――掟か)
「望み」をかけねば、彼女らの領域には入り込めないようだ。
クラインは指先で自分のアゴをつまむ。
「そなたの、望みを言うがいい」
「全霊かけて、何も失わぬこと」
「それが望みか」
「ああ」
「わたくしに、そう言える勇気があったならな」
「おまえさんは何と答えるんだ?」
「光を、と」
「ああ、それで」
彼女はてのひらから光を生み出す特殊能力をもっている。それが、願かけによるのだと今知ったクラインだった。
「そういうことだ。この樹に願えばかなう。ただし、何ものかを犠牲にして」
「おまえさん方は何をそんなに、思いつめているんだ」
「この樹を辿れば」
そういうリザの言葉をクラインは遮った。
「よせ、それ以上言うな」
「剣士」
「おまえたちは、何かを失うために、ここへ来たのか?」
「そうではない。が……必然的にそうなる」
クラインは、
「バルダーナ」
と、視線をそちらへやる。
「オレはほいほいと人に何かを教えられる性質でもないし、一瞬の死に安寧を見いだせるほど愚かしくもない」
「だからといって、さっさとごまかして通り過ぎることのできるほど器用でもないだろう」
「何を言っても無駄だ。与えることの恐ろしさを知らないおまえには、まして、女に剣は教えられない」
「オレは女じゃない!」
「隠したのは何かされると思ったのだろう? 何もしない。剣も教えない」
「頼むと言ったら、頼む! 朝日が昇るころには何とかするから」
不思議そうに彼は斜めに空を見上げた。
「さっきから天に星もない」
「ここは地につながっている。とにかく!」
言われてぐるりと見回したが、鬱蒼と茂る枝葉で天上が埋め尽くされている。
バルダーナは彼の手をぐっと握る。破損した鎧が、身に着けているクラインの肌に食いこんだ。
「断る」
「いくじなし!」
「なに?」
「何が与える恐ろしさだ。オレは教えてくれと言ったのだ。何もよこせとは言ってない」
「だから、無駄だと……」
何度も言ったが、バルダーナは結局何一つ聞き入れなかった。
「オレは教えないから、勝手に盗め。剣はその樹にかなえてもらえ」
「わかったよ」
わかった、とバルダーナは言ったのだ。いったい何を犠牲にしたというのか。頭にターバンを巻いて、クラインの前に現れた。
「頭の皮でも剥いだのか」
「あんたに関係はない」
「そうか……」
クラインは長い腕をのばして、バルダーナのターバンをとる。片耳がない。
「なにすんだ!」
「……そうやって、望みのものを手にするたびに、正体を無くしてゆくのか、おまえたちは」
「そうしろと言ったのはあんただ」
クラインは目を眇めた。
「そんな長物をどうする」
バルダーナの手にした剣は少々身の丈に合わないように見える。
「あんたのその鉄面皮、引き剥いでやる!」
彼は唸って眉根をよせる。
「もう一方の耳もそがれたいか」
「できるもんか!」
ケケ、と笑って、バルダーナは自分なりのけいこを始める。
なぎ払う、突く、突き上げる。見よう見まねだ。
その動作を繰り返して、なんとか手になじんだら、今度はクラインに挑みかかる。
「オレは教えないと言ったぞ」
「要は実践。剣を構えろ」
「握り方が違う」
「う、うるさい!」
「もっと小さい握り物か、細身の剣にしておけ。急所狙いがおまえさん向きだ」
すると、バルダーナは顔を真っ赤にして怒り出す。
「今更そんなこと言われたって、遅いんだよ」
「ああ、そうだ。いつだってオレは、遅すぎる。……の想いにも気づかず……」
余裕のない瞳が一瞬曇る。
そこをバルダーナが突いてきた。
「よせ、ふりまわされるだけだぞ」
と、言う間にクラインのマントが切り裂かれる。
なみなみならぬ洞察力で、侮れないと感じるクライン。
「ええい。これでもくらえ!」
バルダーナが長剣を高く担ぎ上げると、全身から稲妻がほとばしり、みなぎる覇気も増して、まるで光の柱となったよう。
「だめだ、バルダーナッ」
か細い声で、リザが叫ぶ。
「それでは、剣士を殺してしまう!」
クラインは苦笑。
「信用されてないな、オレは」
「しかし……」
「あれくらい、簡単にしのげるさ」
クラインが軽く言うと、バルダーナは唇を噛み、大きく振りかぶる。
「やってやるぜ!」
バルダーナが、そうやって頭上に剣を構えると、隙だらけだ。それでも、クラインは自分も同じ構えをとる。
「どうしても、やる気か!」
「いくぞ!」
二人の覇気がぶつかり、青い火花が、爆発的にその場を明るく照らす。
「見たか!」
「この魔性め!」
「二人とも、引き分けだ。離れよ」
リザが胸を押さえて膝をつき、苦しげに言う。
「見たか! オレの必殺技だぞ。完成したばかりだ」
「二度と同じことができると思うなよ」
二人とも
組めば間違いなく最強のタッグとなるだろう。そんな予感もはらんでいる。
二人とも息の乱れを数瞬で整えた。
そして朗々と語る。
「オレは稲妻のバルダーナ。やってやれないことなどない!」
クラインが苦笑して。
「やってみるがいい」
彼は地獄に至って、初めて、気分よく笑う。
「おもしろい。おもしろいぜバルダーナ!」
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