第6話 ホールのお姉さん

 店には女性の従業員もいる。若い従業員もいるので職人とくっつき結婚する者も少なくない。独身でベテランの方もいて足を組みながらパイプ椅子に座り、タバコをふかしながら


「今日どのくらい予約の数入ってる? 」


 と尋ねる姿は様になっていて女帝という言葉がよく似合う。


 朝十時ごろに出勤して女子ロッカールームで着物の着付けを自分で行い、髪も結い艶やかな姿で出勤する彼女たちも大変だ。


 店の掃除から始まりおしぼりを巻き直して綺麗に整えて(業者から運ばれてくるおしぼりは一応巻いてはあるが完璧ではない)、さらにカウンターの小皿、箸、箸置き、ランチョンマットを美しくセットして、ドリンクの補充、生ビールサーバーの掃除、玄関掃除をして営業前の準備を行う。


 営業中にはお客様のお出迎え、お上着のお預かり、接客、お会計を担当する。営業中の外線を受けて予約人数の調節もする。口も手も体も常に動いている体力勝負の仕事だ。


 土曜日の殺人的な忙しさの中にはバテる者も現れ、ミスをすると容赦なく板前から叱られる。


「なにぼ〜っとしてんだ! 次のお客様が待ってるだろうが! 急げよ! 」


 普段は仲良く談笑する板前だが営業中は鬼となる。女だろうが男だろうが容赦はしない。さすがに手をあげる者はいなかったが新人の女の子になると泣き出してしまう子も現れる。


「もう、嫌です。私辞めます! 」


 そんな時はベテランのお姉さまが優しく説き伏せ落ち着かせて復帰させる。中にはどうしようもなく向いていない者もいたが、大抵はいい給料と着物が着れるステータスに憧れて我慢し徐々に水商売に慣れて、面の皮が厚くなっていく乙女が多い。


 最初からこの仕事を選んだ者ではなく妥協して働いている者。転職活動をしながら密かに辞める機会を伺っている者。社会勉強と割り切ってバイトで働いている者と実に様々だ。


 営業中にはホールとの連携プレーが欠かせない。辛い時間も楽しい時間も共有し彼女達はいつしか戦友になり打ち解けてプライベートでも飲むようになっていた。


 ある一人の独身のベテランに誕生日の時に花束を贈ったことがあった。突然のお誘いで誕生日だということを知り駅前で急遽購入した赤いバラだった。私的には笑いのネタのつもりだったが彼女は感激して泣き出した。


「生まれて初めて貰った。ありがとう......」


 東京に出てきて一人で社会と戦う女性に、小さな赤いバラは涙腺を崩壊させる何かがあったらしい。最初は戸惑っていたが徐々に元気になり豪快にピザをかじりながら白ワインを流し込んでいた。彼女はその後辞めていった。体力の限界を感じたらしい。


 シングルマザーで働いて大学生の息子を養うマダム感が漂う中途採用の女性がいた。彼女はなんとも言えない色気を漂わせいつも笑顔だった。すぐに和食の座敷のホールに抜擢され、お客様からの苦情があると板前とマダムが謝罪に出向く。マダムがいると場が和みお客様の態度も軟化し円満に解決した。マダムには不思議な力があった。客商売に先天的に向いている天才的な才能があるのだろう。本人が自覚してない所が非常に良い。私もファンになった。


 あるホールのベテランが板前と付き合うようになったが、数年の交際を経て別れるようになり相当に揉めて辞めた。綺麗な方だったがどこか影があり近寄りがたい女性だった。英語も話せ仕事もバリバリこなす女性だった。密かに狙っていた男も少なくないだろう。


「なんか、疲れちゃった」


 長い髪が乱れ脱力して椅子に座る彼女は実に絵になる。男と女の世界なので誰も口出しできないが誰もが別れを惜しんだ。


 辞めて縁が切れる者、近所で働いてたまに顔を出す者、出産後に赤ちゃんを連れて遊びにくる者など様々な女性がいる。女性の世界もなかなか厳しい。社会では厳しくない世界などないのかもしれないが。


 去る者、残る者はいるが店は変わらずそこにあり続け営業していく。















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