第7話 海外旅行

 社員旅行が行われる。場所は上海、香港、マカオの三泊四日の人生初の海外旅行だ。パスポートを取得しなければならない。有楽町にある東京交通会館の二階にあるパスポートセンターに向かう。


 一般旅券発給申請書、戸籍謄本、住民票の写し、写真、本人確認書類を用意してさらに十年間有効か五年間有効のどちらかで申請するか迷ったが、今後のことを考えて長い方にしておいた。


 申請から受け取りにしばらくかかり、さらにもう一度訪れて手数料を支払いパスポートを受け取る。ワインレッドの装飾に金色の文字でJAPAN PASSPORTと書かれていた。めくった二枚目に私の澄ました顔写真が貼られローマ字で個人情報が記されている。意外と小さく簡素な作りだが無くしたらエライ目に合うらしいので厳重に保管した。


 店では旅行の話で持ちきりで全員が浮かれている。家族も連れてきて良いという社長の大盤振る舞いなので既婚者にも安心だ。ドンキホーテでスーツケースを購入したり、マルイのデパートで新しい服を買ったりして旅行の準備をするだけでも非常に楽しい。


 旅行当日、成田空港に集合するが一人と連絡がつかない。中途入社で私達と寮が一緒の方だった。寮から一緒には出てこなかったので後から来ると思っていたが結局搭乗時刻になっても現れない。事故にあったのでは? と心配した事務所の人間が寮の部屋を見に行ったら本人が気まずそうに出てきたらしい。


「あんた、どうしたの? 具合が悪いの? 何かあったの? 」

「行きたくなくて......」


 事情を聞くとその方は仕事でも一匹狼でプライベートでも他の人間と仲良くしないので、旅行では気まずい思いをするとわかって黙って旅行をバックレようと思ったらしい。


 確かに彼は頑なに一人で仕事をしようとする。私は歳も近いので歩み寄ろうとするが誰にでも拒絶した。人付き合いが壊滅的にダメな男だった。飲み会にも参加したことはないので、どんな人間かさっぱり分からずみんな持て余していた。仕事は早いし真面目ではあった。


「そんな事したら心配するに決まってるでしょ! 何考えてるの! 」


 事務所の方はキレた。当たり前だ。社会人としてあるまじき行為である。行きたくないなら行きたくないで何か理由をつけて不参加にすればいいものを、当日に黙ってバックレる神経がわからない。本人は相当に迷い苦渋の決断だったのかもしれないが完全にアウトだった。


 会社ではチームワークで仕事をしていく。どんなに能力が高く仕事ができても一人では限界があり周りは評価してはくれない。最も私はそんなストイックなところに憧れて多少は親しくしていた。


 結局その方はこの事件が原因で依願退職した。世の中色々な人がいる。



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