瑠璃空に行く日(航視点 後編)


『航ー、お父さん帰ってきてるよ。ごはんにするよー』

 叔母の声が聞こえ、航はようやっとリビングへと赴く。

 ドアを開けて入ると、父がすでにダイニングテーブルに座って晩酌をしていた。

「おかえり、お父さん」

「おう、ただいま」

 本日の晩酌は、冷酒に父の大好物である蝦蛄(しゃこ)。

 ネクタイをといたとはいえ、まだワイシャツにスラックス姿でそのまま食事を始めているようだった。

 父が手にしている猪口は叔母の同期生で山口工房親方のヒロ君が作ったもの。冷酒の酒器は叔母が作ったものだった。

「航も食べるか、蝦蛄」

「うん!」

 日本海育ち、季節で味わえる海のものは航にも馴染みがある。蝦蛄が好物な父が食べていたから、航も子供の頃から好きなものだった。

 手を洗ってくると、叔母が食膳を整えようとしているキッチンへと向かう。例のローストビーフを綺麗に盛りつけている叔母の真剣な横顔。耳にはピアスが見えた。

「あれ、カナちゃん。そのピアス、いいね」

 わかっていながら、知らぬふりで尋ねてみる。本当に叔母に似合っていた。和飴のような手鞠のような、白玉に水色のストライプの陶器のようなガラス玉だった。夏の爽やかさ、そして懐かしいモダンなムードが出ている。

「あ、うん。試作品で作ったんだ。でも金具をアレルギー対応にしたくて、社長に相談中」

「和飴みたいだね。これ根付けにしてもいいね」

「そうね! それ良さそう! ねえねえ、兄さん聞いた? 航がこのピアスの玉、根付けにしてもいいねって」

 父も『いいな、それも』と嬉しそうに笑ってくれた。

 叔母がやっとのことで、ローストビーフを盛りつけた大皿をテーブルへと運んだ。

「お、うまそうだな」

 叔母が黙っているので、航のほうがうずうずして言ってしまう。

「カナちゃんが作ったんだよ。びっくりだよね」

「は? カナが??」

 父もびっくり仰天してくれた。

「航にも驚かれちゃった。わたしもびっくり、絶対に失敗すると思ったんだもの」

 さあ、食べましょう。食卓が整い、家族三人テーブルに揃う。

「いただきまーす」

 叔母が作ったローストビーフ、父が好きな蝦蛄。ちょっとしたお惣菜。それらに囲まれ、母となった叔母と父と航の三人家族の夕食。

 笑いが絶えなかった。

「カナちゃんのお弁当が懐かしいなあ。ぶきっちょなお弁当」

 料理に慣れていないのに、航とおでかけだからと一生懸命作ってくれた行楽弁当。カナちゃんのお弁当だけでは心許ないだろうと、豊浦の祖母が綺麗に作ってくれたベテランさんお弁当が揃うのが恒例だった。

 真っ茶色だった叔母さんのお弁当が歳を経る毎に彩りが増え、見栄えも綺麗になり、味も落ち着いてくる。それでも母親のお弁当には勝てなくて、毎年惨敗。それを笑うのだって楽しいイベントだった。

 でもね。カナちゃん。僕ね、カナちゃんが作ってくれたかわいいロボットのソーセージが好きだよ。お祖母ちゃんはそんなのつくらない。職人のカナちゃんらしい、細工のあるお弁当楽しみにしているよ。

 笑ってばかりで申し訳ないという気持ちもあって、航はこそっと叔母にそう伝えたことがある。叔母の花南は嬉しそうに笑って、海釣りの浜辺で優しく抱きしめてくれた夏休み。

 カナちゃん別にへたっぴで笑われても平気だよ。それでも航とお義兄さんに来年もお弁当作るよ。だって楽しそうにしてくれるし、ちゃんと食べてくれるでしょう。カナちゃんね、そんな航とお義兄さんが見たくて作ってるの。

 抱きしめてくれる叔母の匂いは、祖母とも父とも違う。柔らかでいい匂いがする。死んじゃったお母さんもこんな匂いだったのかな……と思うこともあったけれど、やがてそれは、花南という叔母だけのものだと思うようになった。

「どうしたの、航」

 はっと我に返る。幼い頃の思い出、浜の潮の香がそこにあったのに。いまは庭の花の匂いが入ってくる古都の家。茶碗を持った姿でそこにいる。

「なにかあったの、ねえ」

 隣に座っている叔母が心配そうに自分を見ていた。父もおなじ。

「航、どうした。なにかあったのなら、ちゃんと言うんだ」

 息子を案じる時の怖い顔になっていた。そこで航はようやっと気がつく。あの時、我慢した涙が出ていた。ローストビーフを味見した時に叔母の前で我慢していた涙。

 くっそ。もう誤魔化しようがない。迂闊だった。

 涙を拭いて、航は笑う。

「だってさ。あのぶきっちょなお弁当をつくっていたカナちゃんが、ローストビーフなんて作れるようになったからさ」

「……そんな、航に泣かれるほど、わたしのお弁当、酷かった?」

 隣にいる叔母がうつむいていた。航の涙がぴたりと止まる。

「あ、ごめん。そうじゃないんだって。なんていうのかな、感動? えっと……、驚き……? えええっと」

 そうしたら父も目の前で目頭を押さえて、うつむき始めた。

「ほんとうだな……あのカナが、ローストビーフなんて……」

 そこでようやっと隣の叔母ががばっと顔を上げた。

「ひどい。耀平兄さんまで!」

「最初のチャーハン、めちゃくちゃ焦げていたもんな。あれは忘れられない」

「もう! そういうこと航の前で言う!? 何年前の話よ!」

 うつむいている父の口元が楽しそうににやりと動いたので、叔母をからかうため、または涙を思わず流してしまった息子を気遣ってその場を盛り上げる、大袈裟な演技だったと気がついた。

「豚の生姜焼きも、生姜がふんだんに入っていて辛かったり、しょっぱかったりしたもんな」

「でも、わたし頑張ったもん」

 いつもの意地悪なお兄さんとムキになる妹の会話になっている。航もその間に心が落ち着いた。

「でも。ほんと。お義兄さんがあの時文句も言わずに食べ続けてくれたから、続けられたんだけれどね」

「絶対に最初から美味い飯を作れるとは思っていなかったから、覚悟はしていたからな」

「覚悟って、覚悟ってひどい。小樽でもそれなりに自炊していたのに……」

 いつまでも続きそうなので、航はもういつもどおりに黙ってほいほい食事を口に運んでそっとしておいた。

 でも。こういうのが楽しい。こんな父と叔母と一緒にいるのが楽しい。だから航ももう笑っていた。

 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 山口での高校生活は快適だった。

 新緑、初夏の青空に、今日もチャペルの音が街に響く。

 下校時間、いつもの友人と三人、一緒に一の坂川へと歩いていく。

「今日は肉うどんじゃないよなー」

「今日は川沿いのカフェにしようか」

「俺、ピザトースト」

「俺はチーズケーキかな」

 今日のだべり場所と小腹を満たす場所を話し合いながら、一の坂川の古い石橋を渡るときだった。

 さらさらとした川のせせらぎ、初夏の風にそよぐ柳の枝先。橋の下に白鷺がいた。

「あ、あれ、航の叔母さんじゃね?」

 同級生に言われ、航は彼が指さしたそこへと目線を向ける。

 白鷺がいる少し向こう、川に降りる小さな石段にスケッチブックを持っている叔母が座っていた。

「ほんとだ」

 工房で仕事をしている時の質素な服装。白いティシャツに無地のパーカー、そして無地のカーゴパンツは煤けていた。

 その叔母が白鷺をじいっと見つめてスケッチをしている。

「叔母さんスケッチしているんだな」

「俺、そこの英国カフェでスケッチしているのも見たことある」

 航の叔母がガラス職人というのは良く知れ渡っている話で、叔母は同級生たちを知らないが、同級生たちは口コミかなにか知らないが、叔母をどこそこで見かけたとよく教えてくれる。

 そんな時の叔母はだいたいカメラ構えていたとかスケッチをしていたとか、ぼんやりしてずうっとそこに立っていたという『いかにも不思議オバサン』な様子ばかりの報告が届く。

「スケッチしているから放っておく。あんな時は声をかけないほうがいいんだ」

 だから気にせずに行こうと航が友人に告げた時だった。

「おい、あれ」

 友人がまた橋の欄干の向こうにいる叔母を見ている。

「白鷺が……」

 石段でスケッチをしている叔母へと、白鷺がちょこんちょこんと細長い足で歩いて近づいてくる。

 『あ』、友人と一緒に航も目を瞠る。白鷺のほうから叔母に近づいていく。でも叔母の花南はまったく動じず、それどころかここから見てもわかるぐらいに強い眼光で白鷺を見据えている。

 叔母ではない。白鷺が叔母に吸い込まれていくよう……。白鷺のくちばしが、叔母のくちびるに近づきそうになって、そこで高校生の男三人は驚いて固まっている。

 白鷺とキス!? なんとも奇妙な光景だった。動物が近づいてきて怖くないのか。追い払ったり距離を置いたりしないのか。動物なのにどうして? まるで叔母が女であることがわかっているみたいに吸い寄せられていくように、航には見えてしまった。父以外の男を吸い寄せる叔母……と感じるなんて、俺の感性どこかおかしい!?

 叔母も白鷺と見つめ合っている。なのに、紙面は見ていないのに、叔母の手元はスケッチを続けている。

 白鳥とのキスは成立しなかった。白鷺からばさっと翼を広げたかと思うと水面から飛び立った。しかも大きく翼を広げ、橋の欄干にいる航と友人の真上を飛び去っていく。

 そのせいか、叔母に気がつかれた。

「航ー、おかえり!」

 石段から立ち上がった叔母が、いつもの笑顔で手を振っている。

 なのに。航は頬が熱いし、同級生ふたりもすこし息が上がっているように見えた。

 その通りだったのか。友人のひとりがかまわず言った。

「なんか、航の叔母さん、ちょっとセクシーに見えた」

「うん。鳥が男に見えた。うわ、俺、おかしい?」

 良かった。友人もおなじように感じていた。航は密かに胸を撫で下ろす。

 っていうか! カナ叔母のああいうところ! ときどき父がそれにやられて参っていることがあって、あの時とおなじ顔だった。

 鳥まで、鳥まで翻弄する叔母って叔母って……。

 ときどき、父ではない、少年たちも翻弄する。

 それでも叔母はいつものカナちゃんの顔に戻って、こちらに駆けてきた。

 友人ふたりが礼儀正しく叔母に『こんにちは』と挨拶をしてくれる。

「こんにちは。いつも航と仲良くしてくれてありがとう」

 いつもの若叔母の笑顔なのに、友人二人が気恥ずかしそうにうつむいてしまった。まるで女性の剥き出しのなにかに当てられたように。

「またみんなでおやつ?」

 煤けたパンツ姿で飾り気もなにもない職人姿なのに、初夏の風の中にいる叔母はやはり女っぽかった。

「カナちゃんは? 工房で仕事の時間だろ」

「えっとー、なんだかお昼を過ぎても入り込んじゃったから、ヒロに首根っこ掴まれて、とにかくいますぐ飯を食ってこいと追い出されちゃったのよ。わたしが作り込みをはじめるとむんむんして、若い職人さんたちがいつもの制作するリズムを崩しちゃうんだって」

 あー、わかる気がする。航は工房の様子が見て取れて、呆れて目を細めてしまう。

 そのむんむんて、色気ではないんだけれど、さっき白鷺にもなんとなく感じ取られていたんだなと通じてしまう。

 叔母がこれを作ろうと入り込み始めると、妙な熱気が彼女の身体から漂い始める。その気迫に、妙に妖艶な匂い、濃さ。その空気に、『俺もあんなふうに作りたい』と職人たちが影響を受けてうずうずしてしまうその様が、本日の工房で起きて、それを親方のヒロ君が『これはヤバイ』と思って、空気を乱すカナちゃんのやまぬ熱気を追い出したんだとわかった。

「それで今頃、お昼ごはんだったんだ」

「うん。それでも落ち着かないから、ちょっとスケッチしていただけ。もう帰るよ。ヒロにまた怒られる」

 叔母がそこでじゃあねと手を振って、あっさりと航と友人に背を向けて工房への道をゆく。

「航の叔母さんて不思議だな。俺でもなんとなーく、あの人が芸術家肌だってわかるよ」

「俺も。ガラス工房で竿をもって吹いている時は、すんごいぼさっとしている時あるけど……。いま会うと、やっぱ女性なんだなあて思う」

 あの叔母め。うんと美人という顔立ちではない。綺麗に整えているわけでもない。なのにああやって男が感じ取るものを放っている。

 それは航も感じている。ただ航はやはり甥。女を感じても、女として絡め取られることはない。ただ叔母の花南から『女はこんな匂いを放つの。覚えておいてね。自分だけの手放せない匂いを探すのよ』。血がそう教えてくれている気がする。

 そして父は完全たる男だから、叔母の熱気に囚われてしまったのだ。

 お母さんと、カナちゃんは、おなじ匂いがするの? お父さん、そっくりだからカナちゃんを好きになったの?

 もう少し幼い頃に率直に聞いたことあがる。でも父は笑った。

 全然違う。お母さんが白ならカナは黒だ。

 訳のわからないことを言われたが、いまならなんとなくわかる。そして父はこうもいった。

 違うけれど、やはり姉妹だなと思うこともよくある。でもお父さんにとっては別々の女性だよ――。

「あ、また立ち止まってスケッチ始めたな」

 友人のその声で航たちはまた立ち止まる。

 ようやっと石橋を渡ったら、また叔母がすぐそこの柳の葉を見つめて動かなくなった。

「ごめん。放っておくとずっと帰らない気がする。追い出されたとはいえ、今度は戻ってこなかったって親方が怒りそうだから俺が連れてかえる」

 友人もそれがよさそうだと頷いてくれた。叔母さんの世話も大変だなと笑って、カフェはまた明日ということでこの日は解散になった。

「カナちゃん」

 立ち止まっている叔母へと声をかけると、スケッチを始めていた手をとめ、振り返ってくれる。

「あれ、お友達は?」

「今日は解散。それよりさ、カナちゃん。いつまでも昼休みの時間ではないんだろ。またヒロ君に職人さんの前でめちゃくちゃ怒鳴られるよ」

「わ、ほんとうだ! 帰ろう!」

 ほんとうに。入り込んじゃうと、何に対しても無頓着で、人ではない生活を始めるし、危なかっしくて放っておけない。

『航。お父さんが留守の時は、おまえが叔母さんの面倒をちゃんとみてくれよな』

 甥っ子に面倒を見てもらう叔母てなんだよと思ってしまうが、嫌じゃない。

「帰るよ、ほら」

 つっけんどんに言うと、さすがに叔母も甥っ子に怒られるのは弱いのか、スケッチを諦めて歩き出した。

 歩きながら、先ほどの白鷺のスケッチを見せてもらう。『彼』と見つめ合っていたくせに、きっちり描いていて驚かされる。

 やはりどこか雄々しい白鷺の絵だった。

「カナちゃん、今度はなにを作ろうとしているの」

「うーん、なんかもやもやしているけど出てこないのよ」

「その白鷺、男に見える」

 素直に告げると、叔母が驚いた顔をした。

「やっぱり!? なんか、あの鳥がお兄さんぽく見えちゃったのよね。なんかそんなこと思うわたしっておかしい! て思っていたんだけれど!」

「あの鳥、絶対に雄だったんだよ……」

 人間の女のフォロモン嗅ぎ取っていたんだよと思った。

「そうだったのかな。なんか襲われそーな錯覚にドキドキしちゃったんだよね。あ、お友達には内緒だからね! 鳥をスケッチしてそんなこと思っている叔母さんなんて!」

 変態って思われたくない! と叔母は叫んだが、航は心の中で『いえ、もう充分、あちらの少年たちも絡め取ってました』と心の中だけで呟いた。

 それでも、叔母が航を嬉しそうに見ている。

「やっぱり航はわたしの甥っ子だね。ときどき、わたしのこういう感覚、通じているよね」

 それは航自身も思っていた。ビジネスマンの父が『芸術家で職人のカナの奇妙な感覚』に首を傾げていても、航はいつも心の中で『なんだか俺はそれわかる』と思うことが多い。

 そんな時、航はひとり、叔母が銀賞を取ったあの『瑠璃空』にひとり放り込まれる感覚に襲われる。

 たったひとり。だれからも切り離されてひとり。叔母がそうであったように、この空の下だから真実がさらけ出されるとあの湖にいた気持ちになることがある。

 その時、強く思うのが。


俺はカナちゃんの甥、血が繋がっているてすごく感じる。

でも、父さんとは……? そういう強烈な確信がない。


 それがとてつもなく寂しく感じることがある。

 芸術家である叔母の感覚が強烈だからだと思いたい。父は職人でも芸術家でもない、ただ自分がそれができないからそれができる職人を大事にしたいと支える生粋のビジネスマンであるだけ。

 しかし、どうもしっくりしないことが今までも育ってきた中、家族の中で何度かあった。それが最近、航にまとわりついて離れない。


 叔母との緑の道の帰り道。カリヨンの鐘が鳴っている。

 叔母がまた空を見上げる。白鷺が飛んでいるのが見えた。

「さっきの鳥だね」

 そうとは限らないのに叔母は確信して言う。そういうところも航にはすっと通じる。自分もそう思う。

「さっきの鳥だね」

 叔母が、そっと航の手を握ってきた。もう高校生になって、母親や父親とこうして手を繋ぐことなど厭う年頃になっても、航はいま嬉しく思っている。

 瑠璃空に放り投げられそうになっていたから。カナちゃんが手を繋いで引き戻してくれたと思っている。

 この不安な気持ち、いつまで続くんだろう。


 それでも航はカリヨンの鐘に、今日誓ってみる。

「カナちゃん。俺、萩と山口のガラス工房も守っていくからね」

「ほんと。頼もしいね。カナおばちゃん、経営は無理だからよろしくね。跡取りさん」

 叔母が優しく微笑む。その時だけどうしてだろう。若くてお姉さんみたいと思っていた彼女が、母のように見えてしまう。

 俺の母親もきっとこうしてわらってくれたはず。


「約束するよ。母さん」

 自然と言えたことだったのに。

 叔母がびっくりして、スケッチブックと画材を落としてしまった。

 小さな坂道だったから、色コンテやら鉛筆やらがころころと転がっていき大変なことになった。

「いやー、うそ! 待って、待って、わたしのステッドラーの鉛筆が!!」

 航がびっくりすること言うからだよ!! と坂の下で叫んでいる叔母を見て、航は大笑いをして追いかけた。

 やっぱりまだまだお母さんじゃなくていいや! そういったら複雑そうな顔の叔母が坂の下で待っていて、またお腹を抱えて笑った。


 瑠璃空の下にはまだ行かない。

 いつか行く日がくるかもしれない。

 その時は山中湖の芹沢親方に連絡をしようと決めている。


 叔母は航の目の前で、ガラスを造り続ける。

 透明なガラスなのに、そこに映される人間の姿は様々。

 叔母は嘘と星の数を並べていたけれど、航はそうは思わない。

 星の数ほど泣いて、星の数ほど笑って、星の数ほどガラスと向き合い、誰かを愛してきたんだと思う。

 彼女がいれば大丈夫だと思っている。


 今日も、サビエル聖堂の緑の丘から、カリヨンの鐘が聞こえる。


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花はひとりでいきてゆく【コミカライズ原作】 市來 茉莉 @marikadrug

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