E-2

「沓形君の言う通り、私は第二探偵部が創設されるのを妨害するために榊原君の依頼を利用しました。榊原君の依頼はただの恋愛相談。好きな人がいるんだけど、面識も好意的な想いも一方的。突然告白する勇気もなければ、だからと言って少しづつ仲を深めていける自信もない。どうすれば? というものでした。そこで私は相手の女性が誰なのか聞いたのですが、サキという名前でバンド活動していることしか知らないというのです。唯一持っているのはツーショット写真だけ。情報の少なさを利用し、彼女の本名が大友町さんだと伝えました。もちろんこの情報は事前に用意したもので、おっしゃる通りでっち上げです。あとは偽の誘拐されたような不可思議な写真とメッセージを榊原君のポストに投函して、あなた方に相談するように言うだけです。もちろん、私の方でも調べると嘘をついて全ての進行状況を私に報告するように言ったので、あなた方の活躍は大方把握していますよ。思ったよりも早かったので、私は感心しています」


「感心?」


「はい。そうです。だって、私がただ模造された偽物部をつぶすためだけに、わざわざこんな回りくどいことをすると思います?」


 この人は俺達がこうなることまで予測していたと言うのか。全ては手のひらの上だってのか……。


「ええ、俺もそれは疑問に思っていました。先輩も……色内先輩も一番気になっているところだと思います」


 すると彼女はさも残念そうな顔をした。それは、底の方に僅かながらだが残っていた希望を飲み干してしまった後の顔だった。


「そっか。それじゃあ、まだまだだね。色内も。この調子じゃあ、まだ先かな」


「……? なんの話ですか、先輩」


「もしかしたら、君の方が気づくかもしれない。その時は全力で君を支援することにしよう」


「すみません、先輩。その、一体何のことを言っているのか……」


 手宮先輩は独り言のように話してから、もう一度眼鏡を掛け直して言った。


「私の本心はあなたです。沓形恒くん。虹別色内が何を考えるか、どう行動するかなんてのはもうすでに知っています。少なくとも私の知っている色内であれば、ですけど」


「それはどういう……」


「少しはお得意の推測をしてみたらどうです? と言っても、きっとここからは想像の及ばない範囲でしょうから私が責任をもってお答えします。別に新しい部活ができてもできなくても、実際は関係ないんです。私の過ごしている部活動があなた方のせいで活動できなくなるというのならば話は変わってきますが、似たような部活が一つや二つ増えたぐらいじゃあ気にも留めません。新聞の広告欄レベルです。ちょっとだけ、ちらっと見て、『ふーん、なんか面白そうね』で終わりです」


 面白そう、か。俺たちは興味本位で覗かれる程度の存在であると。だけれども、一方で彼女は俺たちの部活を潰すことが目的でこのようなことをしたとも言っていた。つまり、俺たちの部活を潰すことはただの手段であって、実際の結果はどうでもいいのだ。重要なのは榊原を利用して第二探偵部を動かし、それによって知りたいことが知ることができるかどうか。


「色内が新しく立ち上げる部の相棒が、一体どんな子なのかと思ってね。私はあなたがどのような思考回路を持っていて、どんな行動をするのか。これから何をするのだろうって、興味がわいたの。もちろん、元部員の色内が新しい部活で始めることが何なのかっていうことにも、もちろん興味があるんだけどね」



「それだけのために……」



 それだけのために、他人の人生を狂わすようなことをしたのか。故人の名を勝手に使用したのか。いないはずの人が現実にいるように見せかけ、その人が誘拐されたかもしれないなどという人命にかかわるような、不安を煽るだけの噂を流したのか。信憑性を増加させ、俺の推理力を試すためだけに少し関係のあるような人たちを巻き込んだというのか。


「そう。それだけだよ。おかげで私の中にストンと腑に落ちる物を見つけることができた。ありがとね」


「……なぜ。なんで、どうして直接俺にぶつけなかった。他人を巻き込む必要性があった!? 俺の力量を測るだけだったら、知りたいだけなら、直接この俺に挑戦状をたたきつければいいじゃないか。なんで、どうして……」


 しかし、この問いをしたときにはもう興味が失せていたのだろう。彼女はただ、一言しか答えなかった。


「だって、その方が面白いじゃん?」


 そして、捨て台詞をコンクリートの地面にそっと置いてから彼女はこの場を後にした。


「色内、今頃どうしているんだろうね。ある程度予想し得る状況だからなんの対策もしないでってことはないだろうけど。でも、相手は一応実行犯だからね。もう、あの子のことは正直どうでもいいんだけど、無事に未遂で終わるといいね」

「先輩……! それ、まさか、それ本気で――」


 その時にはもう彼女は俺に背を向けていた。思い出したかのように揺れ始めた髪は、先ほどの風よりも冷たく感じられた。


「先輩は今どこに……榊原はどこに行かされたんだ……」


 俺は俺のなすべきことを果たそうと、必死であったが向こうのことが頭から抜け落ちていた。そう、榊原はこれから何か事件を起こすようなことをする。そこまでは俺もさっきの雑な推理で見当が付き、きっと色内先輩がと言っていたことだと思い、俺は自転車でどこかへ向かうのを見送った。まさか無策で突っ込んだわけではあるまいとは思いつつも、俺も走り出した。


 ちなみに、自転車を利用せずに走ることを選んだのは自転車をレンタルするお金を持ち合わせていなかったからである。

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