第26話 風魔襲来6

突進してくる双伍をかわし、

幻也は飛んだ。

腰の太刀を抜いて、空から斬りつける。

幻也の太刀は、江戸の大火たいかの炎の光を浴びて

黄金色こがねいろにきらめいた。


双伍は幻也の太刀を、十手ではじいたが、

その威力に腕がしびれる。


背後に回った幻也は、砂塵さじんきながら

間髪かんぱつを入れずに斬りつけてくる。

凄まじい連撃だ。

さすがの双伍も防戦に、引くしかなかった。


幻也の姿が視界から消える。

砂を巻き上げて、さらに空に舞った。

幻也の太刀が、半月を描いて双伍の右肩に

斬りつけられた。鮮血が飛ぶ。


双伍は驚愕を隠し切れなかった。

たった4年前まで、

忍びの才は並以下だったと察していた

幻也が、双伍と互角―――いやそれ以上の

剣客けんかくとなっていたことに。


いったいどれほどの修練しゅうれんを積んだのか。

これほどの凄腕になるとは・・・。

その心立てには<風魔>の誇りがあったのか、

それとも双伍に対する憎しみか・・・。


双伍は構え直した。この勝負、

まばたきさえ許されぬ。


幻也は双伍に向かって突進してきた。

その手に握った太刀を片手で振りかざしつつ、

もう一方の手でクナイを五本投げつけてくる。


双伍は三本のクナイを弾いたが、

残る二本が、右肩に深々と突き刺さる。

その一瞬の隙をついて、幻也の太刀が

双伍の左肩を貫通した。


「ぐぅッ!」

思わす、双伍はうめいた。

よろめく双伍。さらに猛撃もうげきする幻也。


「とどめだ、兄者ッ!」

幻也の太刀が、双伍の胸に突き立てられた・・・

かに見えた。

双伍は幻也の太刀を十手の受け口で、かろうじて

食い止めた。

だが一寸ほど太刀の切っ先が、双伍の胸の中央に

吸い込まれている。


双伍は渾身こんしんの力を込めて、十手をひねった。

幻也の太刀が宙に飛ぶ。

その一瞬を、双伍は見逃さなかった。

右手に握った十手で、幻也のみぞおちを突く。


幻也は身を引き、双伍の必殺の突き避けた。

砂塵さじんが二人の間を、吹き荒れる。


今は両者の位置は逆転していた。

双伍が江戸の大火を背にしている。


宙に舞った幻也の太刀が落下し、二人の砂地の中間に

突き刺さる。


動いたのは双伍と幻也、ふたり同時だった。

幻也はクナイを数本投げつけてきた。

二人の間にある太刀を手にするためだ。


双伍はそれらのクナイをよけなかった。

彼の体に、幾本いくほんものクナイが突き刺さる。

それでも双伍の動きは、ためらいを見せなかった。


幻也が砂地に突き立てられた太刀に手を伸ばす瞬間、

双伍の十手が、その太刀を弾き飛ばした。

弾かれた太刀の切っ先は、幻也の腹に深々と

突き刺さった。


幻也は膝を着いた。口からはおびただしい

鮮血がほとばしり出る。


「あ・・・兄者、お見事・・・」


倒れる幻也を双伍は慢心創痍まんしんそういの体で

受け止めた。


「幻也・・・」

双伍の目に涙が浮かんだ。


「さすがは若くして<風魔小太郎>を襲名した

 兄者だ・・・。オレがかなう相手ではなかった・・・」

幻也はとめどなくあふれる吐血とけつの中、細い声で言った。


「お前こそ、腕を上げたな。

 <風魔小太郎>はお前の方だ」


「ありがとう、兄者。もう一度・・・

 もう一度、その顔を見せてくれ・・・」

幻也の血まみれの手が、双伍のほおでた。

そして、力無くすべり落ちる。

幻也は絶命した。

だが、その顔には満足げな笑みがきざまれていた。


双伍の嗚咽おえつの叫びが、砂丘に鳴り響いた。


その頃、江戸の大火も鎮火ちんかしつつあった―――。

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