第21話 風魔襲来1

江戸城の東にある人形町は、火炎に包まれていた。

紙物問屋、備前屋が火元と見られた。

備前屋の周囲、八棟はちとうの屋敷が町火消まちひけしたちによって、

取り壊されている。

備前屋の周りには、おびただしい数の人だかりができ、

町火消したちの怒号が鳴り響いた。


周囲の八棟の中で焼け出され、生き残った者は

全身煤ぜんしんすすだらけで、地面にへたり込み、

汗と涙で人相さえも判別できない。


それでもなお、備前屋は黒煙を上げながら、

夜空に真っ赤な炎の柱を立て続けていた・・・。


翌日の明け方近くになって、

備前屋の火災は、ようやく鎮火ちんかきざしを見せた。

その検分けんぶんをするため、火付盗賊改方の与力同心が

駆り出される。

その理由は、火元の備前屋の焼け跡から、

主人とその妻、彼らの二人の年端も行かない息子、

そして番頭、奉公人あわせて18名の、

他殺体が見つかったからだった。


備前屋は盗賊に押し入られ、2000両もの

大金を強奪された上、火を放たれたのだ。

それは荒々しい<おつとめ>だった。


むごいことをしやがる。女子供まで・・・」

そう言ったのは、火付盗賊改方長官、長谷川平蔵である。

その傍らに、双伍もいた。

他にも、明智左門筆頭与力、徳松新太郎同心、

沢村誠真同心の姿もあった。


「備前屋の家人は皆、一斬りが一刺し、

 いずれも一刀の元に殺されております。

 この盗賊は、一人残らず腕の立つ輩のようです」

むしろを被せられた、18体もの遺体を検分しながら、

明智左門筆頭与力は言った。


「しかし、どうにも解せねえことがある。

 見ろ、その仏さんにも額や頬に<几>の字が

 刃物で刻まれている・・・。

 こんな印を残す盗賊なんざ、とんと心当たりかねぇ」

長谷川平蔵はあごを掻いた。


長谷川平蔵の言葉に、双伍も仏を見ていった。

確かに、<几>がどの仏の顔にも刻まれている。

双伍の目が険しくなった。


そんな双伍の気配に気付いた長谷川平蔵は、

双伍に小声で声をかけた。


「どうした?双伍。

 何かの手がかりでも見つけたか?」

長谷川平蔵の問いに、双伍はすぐには答えられなかったが、

平蔵にだけ聞こえるような、小声で言った。


「後で、親方の役宅に伺ってもよろしいですか?」


双伍のちんうつな表情に、長谷川平蔵も

ただならぬものを感じて、無言でうなづいた。

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