第20話 鬼平暗殺5

長谷川平蔵は八丁堀の官舎に常駐じょうちゅうしている

与力同心はもとより、非番ひばんの者も緊急招集きんきゅうしょうしゅうして、

三ノ輪の廃屋へと向かった。総勢20余名。


同行する双伍を見て、怪訝けげんな顔をしている者も

いたが、長谷川平蔵は、「ただの新入りだ」とだけ

答えた。


一刻ほどしてたどり着いた三の輪の廃屋は、

今にも崩れそうな様相ようそうだった。

柱は曲がり、屋根はゆがんでいる。


長谷川平蔵以下、部下たちは一気に

屋敷になだれ込んだ。

中には40名ほどの盗賊一味がいた。


そこで双伍は疑問を感じた。

たしか<風魔>の者もいたはずだ。

それが気配さえ感じない。


「火付盗賊改方、長谷川平蔵なり!

 一同の者、神妙しんみょうにせい!

 縛につかねば、斬り捨てるぞ!」


とたんに盗賊たちは刀、匕首を手にして、

反撃してきた。

その者たちを、長谷川平蔵をはじめとする

手練てだれの部下たちが斬り捨てていく。


双伍は弟の幻也が拉致されていると見られる、

奥座敷に向かって、突っ走った。

邪魔するものは、両の十手で打ちえていく。


半刻もせぬうちに、盗賊40名のうち、

10名が斬り捨てられ、15名が重傷を負った。

残りの者はあきらめて縛についた。


双伍は奥座敷の襖を開け放った。

だが・・・そこはもぬけの空からだった。

幻也はおろか、10名ほどいた<風魔>の忍びの

姿もなかった―――。


あれから4年。今頃、幻也はどうしていることだろう。

勿論、まだ生きていればのことだが・・・。

双伍は玄田元禄の養護院の布団の上で、思った。


しばらくして双伍は腰巻の中から、一枚の葉を取り出す。

それを口に含み、草笛を吹いた。

それは何かの子守唄のようだった。


双伍がまだ、物心もつかぬ頃に聴いた子守唄。

それを聴かせたのは、顔も知らぬ母なのか、それとも・・・。


ふいに玄田元禄の声が、草笛を吹き続ける双伍に

投げかけられた。


「双伍さん、草笛はおやめなさい。

 傷に悪いですよ」


それでも、双伍はどこかもの悲しげな子守唄を

吹き続けていた―――。



草笛双伍 鬼平暗殺 完


「風魔襲来」へ続く―――

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