第16話 鬼平暗殺1

「30人ものならず者を相手にするとは、

 あなたは無茶されるお人だ」

苦笑いしながら言ったのは玄田元禄だ。


玄田元禄の営む養護院の奥座敷に、

双伍は寝かされていた。

体のあちこちに、包帯が巻かれている。


「しばらくはここで、安静にしていなくちゃ

 いけませんよ。無理に動けば傷口が開く」

玄田元禄はそう言うと、治療部屋に戻っていった。


双伍は無言のまま、天井を見つめていた。

こんな大怪我をしたのは久しぶりだ。


ふと、あの記憶を思い出す―――。

あれは4年ほど前のこと・・・。


戦国の時代には、各戦国武将がそれぞれに

忍びの部隊を保有していた。

偵察、密偵、謀殺、暗殺に至るまで、

あらゆる影の仕事をやっていた。


だが、時は徳川の時代になると、

世は平安となり、忍びの必要性は薄くなったきた。

というより、むしろ疎ましい存在となり始めたのである。


忍びの技は、敵対する相手があってこそのもの。

その相手が遠方に飛ばされ、徳川幕府の直接的な

脅威とならない今は、忍びの存在が逆に邪魔になってきたのだ。


全国の忍びはお勤めが激減していく。

ある者は野盗、盗賊にまで落ちた者も

少なくない。


現に、双伍のいた<風魔>も例外ではなかった。

双伍は若くして<風魔>16代目の頭領、

小太郎の名を襲名したが、

その最初の部下たちへの命令が<解散>であった。


<風魔>は特に暗殺を得意とする流派。

江戸幕府からは最も疎ましい存在でもある。

そのため、徳川家を筆頭に各藩が、

<風魔>などの暗殺集団を殲滅しようとするのは

必然の理であった。

そこで、双伍は部下たちに命じた。

今後は忍びの技を封じ、農民、町民となって

暮らしていくことを・・・。


当然のことながら、それに反目する者も少なくなかった。

その中に双伍の実の弟、幻也もいた。

幻也は双伍より二つばかり年下だった。

忍びとしての才は、お世辞にも優れているとは

いえなかった。


幻也は元来、おとなしい性格で、忍びに必須な

勇猛さ、そして冷静さが欠けていた。

それでも双伍は幻也を可愛がっていた。

両親の顔も知らぬこの兄弟は、

互いにこの世にたった一人の肉親でも

あったからだ。


双伍は<風魔>を解散した後、幻也を連れて

旅に出た。これから第二の人生を求めての旅だった。


そんなある日、旅籠に宿をとっていた双伍は、

目が覚めると、幻也の姿が消えていることに気付いた。


その代わり、双伍の枕元に書簡がしたためられた

封書を見つけたのだ。

そこには、弟・幻也を誘拐している旨が書かれていた。

そして、弟を無事に帰して欲しくば、依頼を実行せよとも

書かれていた。


その依頼とは、

長谷川平蔵火付盗賊改方の暗殺だった・・・。

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