第15話 仇討ち5

双伍は縛られたままのお藤をかばうように、

両の十手を構えた。草笛は鳴り続けている。

その双伍を用心棒の侍、やくざ者が、

扇状に取り囲んだ。

上条組の頭目とうもくと思しき男が、ずいと前に出てきた。

小太りの初老の男だ。人相は絵に描いたような悪人顔だ。


「この岡っ引きの草笛を早く止めろ。

 同心に場所がばれる。さっさと片付けいッ!」


頭目の声を合図に、浪人は太刀、

やくざ者は匕首あいくちを手にし、

双伍に向かって、一団となって襲いかかってきた。


「待て、この音色・・・草笛だ」

相生町の大通りを見回っていた長谷川平蔵が、

立ち止まり耳をました。


「西の方から聞こえてきますな」

と答えたのは、橋本隆三与力。


「あの方向には、古くから空き屋敷がございます」

沢村誠真は、すでに息が荒い。

お藤のことが心配なのだろう、今にも刀を抜く勢いだ。


「急ぐぞ!」

長谷川平蔵は部下たちに声をかけ、草笛の聞こえる方へ走った。


双伍の体は風のように舞い、敵のやいばをかわしていた。

背後のお藤を守るために、

その位置を変えるわけにはいかなかった。

無数とも見える太刀、そして匕首。

それらを十手で弾き、受け止める。


幾人かは十手を打ち込み、気絶させたが、

自由に動けない双伍は、かわしきれない

敵の攻撃に、刀傷かたなきずを増やしていく。

それでもなお、口に含んだ草笛は鳴り止まない。

双伍の流す血が畳に吸い込まれていく。


「相手はたった一人だ。何をしている。

 早く殺さんか!」

頭目は額に汗をかきながら、怒号を飛ばした。


長江鏡介は闘いの場から一歩下がっていた。

まだ刀は抜いていない。


こやつ、ただの岡っ引きではない・・・。

この動き、忍びか?

長江鏡介の口元に笑みが浮かんだ。


面白い―――。


これほどの忍びを相手なら、申し分ない。

我が剣の真髄しんずいを見せてくれよう。


長江鏡介が刀を抜くと同時に、

屋敷の表口の戸が大きく開かれた。


「火付盗賊改方、長谷川平蔵である。

 ご法度の賭場のにより召捕る。

 一同の者、神妙にせいッ!」

長谷川平蔵をはじめとする同心たちが、

なだれ込んできた。


「お藤殿ッ!」

沢村誠真は張り裂けんばかりの声で呼んだ。


双伍はそこで、口から葉を落とした。

すでに全身は刺され、斬られた傷で血まみれだ。


「沢村の旦那ッ!お藤さんはここだァ!」

双伍の声の方へ、沢村誠真は駆けて行く。

それを邪魔する者は、一刀の元に斬り捨てた。


「歯向かう者は、この場で斬り捨てる!

 覚悟せいッ!」

長谷川平蔵の怒号が、雷鳴のごとく響いた。


それでも刃を向ける浪人、やくざ者を

長谷川平蔵、部下たちが斬っていく。


お藤の所までたどりついた

沢村誠真はお藤の縄を解いた。


「お藤殿、ご無事で何より」

沢村誠真はお藤を抱きしめた。

お藤もそれに答えるように、沢村の肩に両腕を回して

抱きしめる。


長江鏡介は刀の切っ先を、双伍に向けた。

双伍もそれに気付いて、長江鏡介と対峙たいじした。

双伍の眼光は強い殺気を放っていた。


「その手負いで、その目。

 おぬし、ただの忍びではないな」


「オレはただの岡っ引きよ」

双伍は額から流れる血をめた。


二人の間には互いの殺気で、空気が張り詰めていた。

この勝負は一瞬で決まる。

互いにそれを確信していた。


先に動いたのは長江鏡介だった。

刀の切っ先を、凄まじい速い踏み込みで

突いてきた。


双伍は一回転し、その切っ先をわずかにかわし・・・

たかに見えた。が、右の頬を刃がかすった。

双伍の血しぶきが、彼の動きに沿って宙に舞う。


双伍は右手に握った十手を、背後に回った

長江鏡介に後ろ手に突き立てた。


双伍の十手は長江鏡介の左目を貫き、頭蓋ずがいをぶち抜き、

長江鏡介の背後の漆喰しっくいの壁にめり込んだ。

双伍は十手を引き抜いた。長江鏡介の左目から

おびただしい血がほとばしる。

すでに長江鏡介は絶命していた。


「お華さん、あんたの仇は取ったぜ・・・」

双伍はそう言うと、その場に崩れ落ちた―――。


その頃、ほとんどの浪人、やくざ者は

斬り捨てられ、その他の者は捕縛されていた。

その中には、上条組の頭目の姿もあった。


草笛双伍 仇討ち 完


「鬼平暗殺」へ続く―――

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