第12話 仇討ち2

「仇討ち?」

八丁堀の与力同心の官舎。上座には長谷川平蔵も鎮座ちんざしている。

その入り口の土間に、双伍は片膝を着いて座っている。


双伍の言葉に驚いたのは、鬼の平蔵だった。

「どのような事情なのか話してみよ」


双伍はこれまでの話を語った。

だいたいの事情をさっすると、それまで黙っていた、

佐々木音蔵同心は冷静な口調で語った。


「そのお華殿には気の毒だが、<仇討ち>は幕府が認めた

 天下の決り事。返り討ちにあっても何も文句は言えまいて。

 そのようなこと、我ら与力同心に報告されても、

 どうしようもないことだ」


「それは百も承知でさぁ。しかし、一人残されたお紺が

 あまりにも不憫ふびんで・・・」

双伍は佐々木音蔵同心をキリっと見返した。


「双伍、その長江鏡介が上条組の賭場の用心棒を

 やっているといったな。賭場はご法度だ。

 その線で、いけるんじゃねえのか?」

長谷川平蔵はキセルの灰を火鉢ひばちに落とした。


「なるほど・・・さすがは親方だ」

双伍の口元に不敵な笑みが浮かぶ。


そこで、冷静沈着で知られる森村忠助同心が、

言葉をはさんだ。

「しかし、その長江鏡介という浪人。人相はわかっているのか?

 上条組の用心棒となると10人は下るまい。

 見つけるのは難儀だぞ」


「それなら、娘のお紺が知っているものかと・・・」

双伍は即答した。


「なるほどな。双伍、一度お紺とやらに合わせてみよ」

長谷川平蔵は、新しくキセルに煙草を詰めると、

火鉢で火をつけ、旨そうに一服した。


浅草にある、玄田元禄の養護院に

長谷川平蔵、沢村誠真、そして双伍は赴いた。

長谷川平蔵は、今は亡き玄田元禄の先代の実父で名医であった、

玄田元鵬とは昵懇じっこんの仲であった。盗賊との死闘の際、傷を

治療してくれたのも玄田元鵬くろだげんほうである。


玄田元禄の話によると、お華の亡骸なきがらは、

仁福寺じんふくじに引き取ってもらい、手厚くほおむられたという。


一方、お紺は母を亡くして以来、ろくに食事もとらず、

めったに言葉も話さぬという。

そのお紺は、養護院ようごいん奥座敷おくざしきに正座して座っていた。

目の前にある、食事の乗った盆には、ほとんど手を

つけていない様子だ。


座敷の襖戸ふすまどを開けた長谷川平蔵は

そんなお紺に声をかけた。


「お前がお紺か?」

平蔵の問いかけに、お紺は向き直り、

畳にり付けるほど、頭を下げた。


「わたしが お紺ともうしまつ」


「よいよい、かしこまるな。

 オレの名は長谷川平蔵といってな、悪い奴を召捕めしる仕事を

 やっておる。で隣はオレの部下の沢村誠真、それと・・・」

平蔵の言葉も終わらぬうちにお紺は言った。


「双伍のお兄ちゃん」

双伍は少しかくしのように、頭を掻いた。

平蔵はフフッと笑ったが、お紺の前の盆を見て、

表情を曇らせた。


 「何だ、何も食ってはおらぬではないか。

 どれ、おじちゃんたちと、どこか甘いものでも

 食いにいかぬか?」

平蔵の声音は優しくも、力づけようともしているように

聞こえた。それを感じたのか、お紺はうなづいた。



玄田元禄の養護院を出た、沢村誠真、

双伍と、そしてお紺の手を引く長谷川平蔵は

食事処<あじさい屋>へ向かった。


「あら、これは長谷川様でございませんか。

 いらっしゃいませ」

お藤の元気な声が一行を出迎えた。


平蔵とお紺は縁台に座った。その向かいの

縁台に沢村と双伍が座る。


「ここは、みたらし団子が旨いと、

 沢村に聞いておってな、それを4人前頼む。

 それと茶もな」


「あ、あっしはきつねうどん・・・」

そう言いかけた双伍の脇を、沢村誠真が小突いた。


「い、いや、あっしもみたらしでおねげぇしやす」

双伍の口がすぼまる。


「はい」

お藤は注文を久平に伝えに厨房に向かう。


両腕をそでに突っ込み、腕を組みながら、

長谷川平蔵が、お紺に顔を向け口を開いた。


「お紺、母上と父上の仇、長江鏡介の人相・・・

 見てわかるような印は何かないか?」


お紺はしばらく思案しあんしている様子だったが、

思い出したように言った。


「母上がもうちていました。カタキの首筋に

 刀の傷があると・・・」


「刀傷か」

沢村誠真は顎をさすった。


そこへお藤が、皿に乗ったみたらし団子を

持ってきた。

お藤も、お紺の言葉を耳にしていた。

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