第27話 時の広場で
瑠実との想い出に浸りながら再び出かける準備をしていたが、壁掛けの時計を見ると、もう夜の7時少し前だ。
何か食べて行こうと思っていたが、今夜彼女に会えるかもしれない期待と不安で、コーヒーしか飲めなかった。
仕事で着て行ったのとは違うスーツを着直し、黒のコートを上から羽織る。
そして、ベッドのサイドテーブルに置いていたワインレッドの小さな袋を手にした。
その中には、この一年間の俺の瑠実に対する想いが込められている。
今夜は瑠実に会えるのか……?
そればかり考えながら乗った電車に揺られているうちに、時の広場のある最寄駅に着いていた。
イルミネーションに飾られた街で、イヴを過ごそうとする人達の波に揉まれながら、駅の構内を出る。
時の広場は、一年前のイヴと同じ光の装飾に彩られ、その中に深緑の時計塔が立っていた。
時計塔の針は、夜の7時50分を指している。
コートに入れてあるスマホには、まだ何の連絡も入って来ない。
時の広場は、時間が経つにつれ、人がますます増えていき、賑やかなざわめきに包まれていた。花壇の縁に腰掛けて、再び時計塔を見上げる。
8時50分。
約束の時間まで、あと10分。
コートの中で握るスマホは、一度も震えていない。
それでも、俺は待つ。
この一年分の想いを瑠実に伝えたい。
不意に、広場の石畳に向けた視界の中に、白いコートの裾が映し出された。
白いコート……。
冬には、いつも真っ白なコートを着ていた瑠実。初めて、彼女に贈ったプレゼント。冬、俺と会う時は、いつも着ていた。
瑠実……。
来てくれたのか?
頭で考えるよりも先に勢いよく立ち上がると、白いコートの彼女を抱きしめた。
一年間触れられなかった温もりを取り戻すように、ただ強く強く彼女を抱きしめる。
だが、腕の中であがった短い悲鳴にハッとして、彼女の肩をつかみ引き離した。
俺に両肩をつかまれたまま立っていたのは……。
瑠実の友人の佐々木優子だった。
「一哉君……」
「ごめん!瑠実と勘違いして……」
オレは彼女の肩から腕を離すと、謝った。
「やっぱり……」
佐々木さんは驚く様子でもなく、何か複雑な感情が混ざった瞳で俺を見つめる。
「瑠実と今夜待ち合わせしてたんだ。まあ、待ち合わせと言っても、俺の一方的なものだけど……」
コートの中の冷たいスマホを握りしめて言った。
「瑠実と……」
佐々木さんは小さく呟くと、俺から顔を背ける。
「佐々木さん?」
彼女の態度が理解出来ず、俺はただ立ち尽くした。
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