第28話 真実

彼女は一度逸らせた視線をまた俺に向けると、小さく呟く。


「やっぱり、知らなかったんだね。一哉君……」


「知らないって、何を?」


彼女の言葉が分からない。


「一哉君、私ね。瑠実のお母さんから頼まれて、今日ここに来たの」


瑠実じゃなく、瑠実の母親……?


「瑠実のお母さん、瑠実のスマホに、何度も一哉君からのメッセージが入ってるのに気づいてて。お母さん、一哉君に上手く伝えられそうにないから、私から伝えて欲しいって……」


心の中で、警鐘が鳴る。


「何を伝えに来たの?」


震える唇で、彼女に問い掛ける。


「一哉君……落ち着いて聞いてね?今から、話すこと……」


そう前置きをして、佐々木さんはゆっくりと話し始めた。


一年前のクリスマス・イヴに起こったことを。



佐々木さんが、所々言葉をつまらせながら話を終えた時。9時を告げる鐘の音が、時の広場に鳴り響いた。


硝子みたいに凍り付いた冬の空気を割るような、残酷な音だった。


両足で体を支えることも出来なくなり、両膝を広場の石畳の上につく。膝を通して、石の冷たい感触が体中に広がる。


「俺のせいだ」


渇いた唇から、勝手に言葉が零れた。


佐々木さんが両目を悲しみに歪めながら、俺と同じように石畳に膝をつく。


そして、震える俺の両肩に、そっと手を置いた。


「違うよ。一哉君のせいじゃない……」


優しさと憐れみを含んだ彼女の声は、心に全く響いてこない。


「母さんの時と同じだ……」


俺は左手で、髪を掻きむしった。


「母さんは、俺が忘れた教科書を届けようとして学校に向かう途中、事故に遭った……」


あの時、俺が忘れ物なんてしなければ、母さんは死ななくてすんだんだ。


そして、瑠実も……。


「瑠実だって、俺が寒い中待たせなければ……いや、もっと早くに電話でもしてれば、こんなことには……」


両手で髪を激しく掻きむしった。右手に握ったままのワインレッドの袋が、歪んだ視界の中で揺れている。


「違うよ、一哉君!一哉君のせいでも、誰のせいでも……」


彼女の声には、涙が滲んでいた。



あの日、瑠実は。


時の広場で、俺を待っていたが、あまりにも遅いため、どこか店に入って待とうと歩いて行った。駅前の店はどこも混んでいたため、駅から外れて、入れそうな店を探していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る