第26話 優しさに触れて
でも、瑠実の視線が、俺の胸元に光るものを見つけた瞬間。紅潮していた頬が、すうっと冷めて強張っていく。
それまでの女と、全く同じ反応だった。
瑠実は、視線の先にある細いチェーンのネックレスを白い指先でなぞり、それに通された指輪のところで止めた。
「これ……前の彼女との?」
不安げな表情で見上げてくる。
それまでの俺は、女からのその質問をいつも適当に流してきた。
人が、他人の傷なんて理解できるわけがないと、強く思っていたから。
なのに、その時の俺はなぜか。
「違う。彼女じゃない」
はっきりと否定していた。
「じゃあ……誰の?」
「母親」
瑠実の瞳が揺れた。
「小学生の時、交通事故で亡くなったんだ。朝、笑顔で俺を送り出したのに。子供ながらに思ったよ。人が死ぬのって、あっけないもんなんだって。この指輪は形見だよ」
何でもないことを話すように、淡々と言った。
……言ったはずだったのに。
突然、当時の記憶が暗闇の波のように頭の中に押し寄せてきて、俺は戸惑った。
その波に飲まれて自分が壊れてしまわないように、彼女の肩を抱き寄せようとしたが、それよりも早く、彼女の腕が俺を引き寄せる。
細い腕が俺を包み込み、彼女の胸の中に抱かれていた。
「……辛かったね」
たった一言、瑠実は言った。
耳に、鼓動が聞こえてくる。
それは強く優しく、慈しむように響いてきた。
こんな温もりに包まれたのは、きっと、あの小学生の時以来で。
もうこんな温もりには出会えないと、子供の時に閉ざしてしまった心を瑠実が溶かしていくのを感じた。
気づくと、俺は彼女の胸の中で泣いていた。
母が死んでしまったあの時。
止まった時間に、巻き戻ったように……。
気付くと、ベッドで寝ていた。
瑠実の胸に抱かれたまま。
俺を包み込む彼女の腕をゆっくりと解いて、部屋の窓を見る。閉じたカーテンの隙間から、一筋の光が漏れていた。
ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。
途端に、朝日が部屋中を満たした。まばゆい光に、ベッドで眠る瑠実が白く照らし出される。
水色のシーツに波打つ、光を含んだ長い髪。
冬に舞う雪を溶かしたような肌。
優しく穏やかな孤を描く、目元と唇。
それまで付き合ってきた、どんな女よりも綺麗だと思った……。
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