第3話 瞳の色。

人間は、俺たちの毛皮に傷がつくと価値が下がるから腹や背中は狙わない。脳天をこん棒で潰されるか一発風穴を開けられるか、覚悟を決めその時をギンは静かに待っていた。

が、来るはずの衝撃が来ない。不審に思いぐいと首を持ち上げるとそこには人間が、確かに人間だが大きさが、小さな人間がしゃがみこんでいた。


「しー。この罠には豚の脂が塗り込んであるの。だから鉄の臭いがしないの」

足元でせわしなく動く小さな両手は、どうやら罠を外そうとしているらしい。

「あたしのお父さんが、ううん、本当のお父さんじゃなくて新しいお父さんは狐の毛皮を売ってるの」

足首に食い込んだ切っ先が、少しずつ緩んでくるのがわかる。

「でもあたし、パン屋さんだった前のお父さんの方が好きだったんだ」

キュッキュッキュッとネジの回る音がして閉じていた罠がパスっと左右に開く。

「痛かったでしょう、ごめんね。罠はもとに戻しておくからさあ行って。もうここに来たらだめだよ」


ギンは痛みを忘れ横っ飛びに飛び退り振り返る。2月末、しんと冷えた空気の中、白い息を静かに吐きながら、雲の隙間から少しだけ顔を出した月明かりに照らされた小さな、小さな女の子の瞳は、美しいとび色をしていた。

ほんの一瞬、お互いの瞳が交わる。


その時母屋のドアが乱暴に開く音を聞いた。

「おいノータ、酒はどうした!こののろまなガキめ」

「今、瓶につめてもらってます、すぐ取り行って来るわ」

はじかれたように走り出す女の子の足音を背に、牝鶏を口に抱えたギンもまた、もと来たけもの道に飛び込んで行った。



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